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「私の滞在型観光記・釧路10日間」 日記編

1993年、8月の北海道旅行記です。13日間の滞在のうち、9日間を釧路でウイークリーマンションを借りて過ごした時のものです。国内旅行でははじめての「滞在型旅行」であり、後にもっとも印象が強い旅となりました。出切るだけ公共交通機関を使っての旅を目的としていたので期間の割には足を伸ばしていませんが、その分、中身が濃くなったような気がします。
最近、滞在型が観光のキーワードになっていますが、何かの参考になればと思い公開しました。
日記は当時のものをベースに一部修正・加筆をしています。(写真などの掲載作業やキャプションなどはまだ途中です)
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8/9(月)自宅→札幌
羽田空港カウンターに中学・高校の友人、A・Sと待ち合わせ。お盆を控え、ロビーはごったがえしている。11時発の臨時便はMD81のため機材が小さい。道東行きが多い私はJASをよく利用するが、友人ははじめてとあって小さな機体に不安そう。気流があまりよくないため、赤ちゃんの泣き声がひどく、落ち着かないうちに千歳へ着陸。やはりJASには乗りたくなかったと友人がぼやく。
JRのライナーで札幌駅へ。空港駅の立派さに友人が驚くが、何となく自分のことのように嬉しい。気温は20℃そこそこ半袖では寒い。そのままタクシーで今夜の宿「ホテルアタッシェ」へ。
シティホテルが満室であったため、ススキノに近く、立地がよい何度かお世話になっているこのホテルにした。
チェックイン後、大通公園で初物のとうきびを食べ、夕方からこの時期限定の特設ビアガーデンでおつかれさまの乾杯。寒いので早々と引き上げ、友人の希望である「サッポロビール園」で定番のジンギスカンへ。大変な混雑でかなり待つ。
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8/10(火)札幌滞在
10時前にホテルをチェックアウト。朝食時、新聞に目を通すと記録的な冷夏らしい。日中からサマーセーターを着用。レンタカーを借りて市内観光へ出る。まず、南区にある「札幌芸術の森」へ。ここは私のお気に入りであり、アートが好きな友人が好きそうであったので案内。彫刻の野外展示を鑑賞。気に入ってもらったようで安心。
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施設内の食堂で昼食を取るがカツカレーが美味しい。その後、大倉山シャンツエ、羊ヶ丘公園、時計台と市内観光バスのようなコースを巡り、今夜の宿グランドホテルに17時前に到着。友人、大倉山のリフトで青ざめる。高度恐怖症とはじめて知る。
今夜もホテルが混雑しており、1万6千円のDXシングルしか空きが無かったが、さすがにデラックス。中庭に囲まれた落ち着いた客室で、昨日の宿の3倍以上はある広さである。
夕食はススキノで和食の「三ノ吉」で名物のウニとじを頂く。2軒目は知人の紹介で南幸ビルにあるスナック「M」へ。知人のボトルではなく、気前よく一本入れてしまったが2人で2万2千円。ぼったくりまではいかないが少し高い。1時近くにホテルへ戻る。最高気温20℃。
8/11(水)札幌→釧路
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特急「おおぞら」と札幌駅で買った秋鮭弁当、今も外見は変わらない釧路駅
朝から雨である。最高気温19℃。今日で友人とは別行動となる。私は釧路へ、友人はもう1泊札幌でして明日帰る。二日酔い気味で遅めの朝食をホテル内の「ライラック」で。すぐ横の席に萩本欽一と車だん吉の2人が食事をしている。
友人と道庁周辺を散歩してから駅で別れる。札幌駅12時16分発の「おおぞら5号」で釧路へ。
グリーン車を奮発。昨年、はじめて乗った「おおぞら」のグリーン車であるが、2X1シートで気分転換には最高である。乗車時間が5時間近いせいもあるが、寛ぐことができる。
駅弁を食べ、山また山の石勝線内で眠くなり、帯広到着まで1時間近く熟睡。厚内を過ぎると太平洋が見えてくる。景色だけではなく、気候も劇的な変わる場所だが、外は雨で感動がない。波も高い。
釧路駅へは定刻5時過ぎに到着。釧路も雨。タクシーでウイクリーマンション「みなと21」を告げるが、運転手はすぐにわかったようだ。
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到着直後に撮った「みなと21」からの展望 
「みなと21」に入るとフロントがあり、制服を着た色白20代前半の女性が説明をしてくれた。北方美人である。エントランスの壁や床に多数の亀裂や段差ができている。8ヶ月前に起きた釧路沖地震のものだが、あらためて地震の規模に驚ろく。(*ちょうど3週間前には北海道南西沖地震が発生していた)。
五階の部屋は窓が二方にあり、市街地から海が半パノラマのように見渡せる。天気がよかったら最高のロケーションであり、ここを選んで正解である。
雨脚が激しくなる。身体も疲れた。部屋にはキッチンセットから食器まで揃っているが、材料も無く、体力も残っていなかったので栄町のケンタッキーチキンでテイクアウト。缶ビールで釧路滞在初日を締めくくる。
8/12(木)
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今は取り壊されたJR釧路車両工場
雨が止み終日曇り。朝はカモメの声で目覚める。釧路へ来たことを実感。
9時頃に「みなと21」を出て、十字街拓銀裏にある「カフェ ジョルダン」でモーニング。その後、市民市場を覗き、幸町公園から*JRの車両工場(94年頃に廃止されている)を見学し、釧路駅へ。釧路湿原の定期観光バス、「サルルンカムイ号」をくしろバスの窓口で申し込む。
出発まで時間があったので末広町の「末広寿司」で特ちらしの昼食。老舗の寿司屋のようだがごく普通のちらし寿司であった。
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くしろバス「サルルンカムイ号」車体とガイドさん
13時40分発の観光バスは小型の特殊車両である。後部へ行くほど座席位置が高くなる。乗客は札幌からの女性二人組み、神戸からの中年夫婦とあわせて5人。お盆のかきいれ時期としては空いている。
バスは空港を経由してタンチョウ観察センター、釧路市湿原展望台、細岡展望台、米町公園で停車、釧路駅には6時に到着。細岡の展望台は2回目であるが、夕方から薄日が差し始め、ダイナミックな視界に道東へ来た実感がする。
一度、「みなと21」へ戻ってから栄町の「泉屋」で夕食。ここは洋食の老舗らしく賑わっている。ステーキ弁当と赤グラスワインを注文。店の造りも懐かしく味もしっかりしている。その後、駅近くまで歩き、書店でタウン誌「だべっさー」を購入。11時過ぎにはベッドに入る。
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鉄板焼き風スパゲティが有名な泉屋のナプキン
8/13(金)
夜中に何度か目覚めるうちに朝を迎える。釧路三日目の朝だが頭が興奮している。「みなと21」を9時頃に出て釧路駅まで歩く。構内の「ミスタードーナッツ」で朝食を取るがコーヒーを受けつけず胃の調子が悪いようだ。
釧路駅10時01発のトロッコ列車「ノロッコ号」に乗車。塘路まで行く。
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釧路-塘路間を走る「ノロッコ号」人気は今でも健在である
今日も気温が18℃程度と寒く、折角のトロッコ列車も客車に乗り込む。塘路からは普通列車に乗換え、茅沼まで下車。駅に丹頂鶴がいることで知られているがその姿はなく、夏は移動しているのかもしれない。茅沼から温泉施設がある「茅沼憩いの家」まで歩く。15分くらいの上り坂だが、軽く汗をかいて気持ちいい。
今回の北海道旅行ではじめて汗をかいた。温泉は温めのいいお湯であり、露天からは釧路湿原が見渡せる。ライダーが多く、かなり浴槽は混んでおり、昼食は相席に。75と50歳ぐらいの親子に話しかけられ、釧路に10日間滞在していると告げるとえらく気に入られた。
釧路まで車で送ってくれるということで行きたいところへ観光案内してくれると言う。太平洋炭鉱の資料館へ行きたかったのでスカイランドまでお願いした。この親子は釧路の南大通りから少し入ったところで水産加工の会社を経営しており、途中、親子の家へ寄り、薫製など乾き物の大きな袋をたくさんいただいた。
石炭資料館はそれほどのものではなかった。帰りはバスが無く、タクシーで一度「みなと21」へ戻る。
温泉のせいか睡魔が襲い夕方まで昼寝をする。夕食に出る頃から雨模様。釧路ラーメンの「たかはし」で野菜ラーメン。
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スカイランドにある太平洋炭鉱展示館の入場券と館内
8/14(土)
9時45分と遅めの起床。栄町にある喫茶店「モカ」でトーストとコーヒーと朝食。この店は釧路を舞台に昭和30年代の初頭、ブームになった原田康子原作「挽歌」の舞台となった店だ。古めかしいが品のよい店である。
コーヒーカップに「モカ」の名前が刻まれており、とても味があっていいものだ。オーナーと思しき初老の女性に譲ってもらえないか尋ねたが、数がないので売ることもできないと言われた。*(「モカ」はその翌年、取り壊された)
午前中は魚市場がある副港の方まで散歩をして時間を潰す。釧路駅へ出てステーションデパート地下の「東家」でざるそばで昼食を取る。
午後からは太平洋炭鉱の鉄道(釧路臨海鉄道)の写真を撮りに行く。
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西港倉庫群と釧路臨海鉄道線路(千代ノ浦付近)
まず、白樺台行きのくしろバスに乗り、新道入口で下車。太平洋炭鉱の線路沿いを歩き、米町の終点へ。さらに米町公園の方へ向かい途中、寺があるところを左折し、急坂を登り、釧路崎灯台まで行く。灯台からは海、炭鉱、鉄道の入れ替え作業などを観察することができる。何枚かいいショットが撮れたので、今度は博物館がある春採湖方面へタクシーで向かう。ここも高台になっており、撮影ポイントであったが、石炭列車には出会えなかった。また、次回ということにしよう。
路線バスで釧路駅へ戻り、夕方「みなと21」へ戻る。
夕食は目の前のMOOの海産市場で秋刀魚の刺身やウニなどを買い、はじめて自炊をする。
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釧路崎灯台からみた炭鉱鉄道 米町バス折り返し所と臨海鉄道の踏切 啄木の碑があり味わいがあるところ
8/15(日)
旅に出てから七日目。今日は何もしないで休養日と決める。気温は相変わらず20℃に手が届かないが、久々の晴天になりそうだ。今日はお盆の日曜日、喫茶店が休みのためMOOにある美鈴コーヒーでトーストを食べる。ここは釧路川からの幣舞橋、太平洋が一望できるビューポイントなので何度か来たことがある。同じフロアにあるベネトンショップで寒いのでスウェットシャッツを購入。
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クルーズ船「シーグレース」から見た釧路中心街
すぐに「みなと21」へ戻り読書と昼寝。何冊か宅急便で送ったのだが、殆んど手をつけていなかった。
夕方近く、釧路港内のクルージング遊覧船「シーグレース」に乗船。波がかなりあったが気持ちいい。夜は「千灯祭」というお盆の祭りで、幣舞公園には無数のロウソクが灯されている。幻想的且つ厳かである。
北海道の人は先祖を大事にしているように思える。多くのお年寄りの姿を見て家の祖母を思い出した。
夕食はMOO内の「花番屋」でサイコロステーキとビール。今夜の夕食は少し淋しい気分だ。
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旧釧路川に灯る無数のロウソク 河畔に佇む老婆
8/16(月)
今日から根室、羅臼、雌阿寒温泉方面へ3泊4日の旅に出る。マンションの荷物はそのままにして、リュックサックに3泊分の用意をして出かける。受付の釧路美女に3日間空けることを告げる。これまで怪訝な表情で私を見ることが多かった(私の思い込みか)が、次第に打ち解けるようになってきた。
駅レンタカーの車は1000CCの名前も聞いたことがない小さなマツダ乗用車。マーチやスターレットよりも小さくちょっと不安である。
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この写真の数時間に前部が大破するレンタカーと昆布盛付近の魚場
釧路から海岸沿いを走り、北太平洋シーサイドライン経由で根室方面へ向かう。昆布森周辺では名前の如く、大きな昆布を天日干しにしている。途中、去来牛、入境学、分遺瀬など日本語とは思えないような地名が続く(アイヌ語でも聞いたことがない綴りである)。
尾幌から国道44号線に出て厚岸駅前の氏家食堂(かきめしで有名)に立ち寄る。
その後も海岸線に沿うように琵琶瀬、霧多布と観光ルートを走る。釧路に来てから初めて「観光」をする気分だ。琵琶瀬展望台から見る湿原は釧路湿原の細岡と較べると距離が近いので見やすく、ダイナミックである。
その後、ムツゴロウ王国の前を通り浜中から根室方面へ。途中、寄り道が多すぎて予定よりも2時間近く遅れてしまった。
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釧路から尻羽岬へ向かう途中には難解な地名が続く
44号線に出るため近道をしようと初田牛というところで砂利道を数キロ走行。時速50キロぐらいは出していたが、突然目の前にエゾ鹿の群れが現われ、横断をはじめる。第一波、第二波とあったため急ハンドルとブレーキのために車はスピン、車体の半分が浮かび上がり横転しそうになったが、そのまま道路脇の70センチほど下にある溝に頭から突っ込み、横倒しだけは免れる。しかし、牧場の杭に車の先端がめり込んでいる状態で、後輪が完全に浮き上がり、30度ぐらいの角度で宙ずりのようになっている。
車からは何とか脱出。ケガはなかったようだが、おでこをぶつけたかもしれない。、助けを探そうと道路を1,2キロ歩き農家へ行ったが、誰もいなかったので来た道を戻っていると農家の軽トラが通り、同乗させてもらう。
軽トラのロープで牧場の杭にめり込んだ車を引っ張るが動かず。次に4WDの大きめの車が来たのでロープを繋ぐがやはり引っ張りだすことができず。
諦めて警察を呼ぼうかと思ったが、普通のクラウンが来た。前の2台より太いロープを持っており、これまでの牽引で少し位置が動いたため車を引っ張り出すことができた。
通りかかった3台の車すべて牽引用のロープを持っていたことにも驚いたが、3台のドライバー全員最後までおつきあいしてくれた。本当に感謝であり、北海道の人の助け合い、互助のような気持ちを知った。
車は何とか動いた。前部は大破とまではいかないまでも中破といったところ。しかし、ライトは奇跡的に点った。とりあえずその車で宿泊先の根室市内の照月旅館まで行く。
根室警察で事故証明を貰い、旅館へ戻るが頭が興奮しており、自分がどこにいるのかわからないかんじ。かなりの衝撃があったので頭を打っていないかどうかも不安である。
しかし、美味しい夕食をご馳走になり、家族同然の旅館の皆さんと話をしているうちに事故は仕方ない、身体が無事で何よりと気持ちを切り換える。
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最近、ラムサールにも指定された根室・春国岱
8/17(火)
朝まで心配であったが身体の方は大丈夫であったようだ。羅臼へ行く予定であったが、車を急遽二日早く釧路へ戻すことになる。
前は潰れているが何とか走れそうだ。午前中は旅館の車を借りて金比羅神社というところへ行き、お守りを貰う。それから根室半島北側のノッカマップ岬というお気に入りのところへ行き、時間を過す。
市街へ戻り、駅前のジャス喫茶「サテンドール」でコーヒー。
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根室では有名なジャズ喫茶「サテンドール」と根室駅前
旅館の支払いを済ませ、旅館の女将の息子である専務、照井さんが飯を食おうというので商工会議所内の食堂で昔懐かしいナポリタンをご馳走になる。
釧路まではどこも寄り道をせずに破損した車が無事に到着するように安全走行を心がける。駅レンタカーでは2万円の補償チャージを払う。これで走行不能なら5万円になっていた。
二日早く「みなと21」へ戻る。受付の美女にどうしたのですかと聞かれたので「事故」のことを話す。その話でけっこう盛り上がり、初めていろいろな世間話をする。根室で買った土産を渡すと喜んでくれた。
夕食はよくガイドブックに出ている「いわし屋太平」へ行ってみる。観光客ご用達のイメージがあり、避けていたが、入ると気楽な店で、他の客ともすぐに親しくなる。隣に座ったW君は同い年、同じく釧路ファンで年に3,4回釧路へ来るという。別にアウトドアをするわけでもなく、ぶらぶらしているらしい。
やはりこういう人はいるのだ。
釧路へ来てはじめて本格的な霧が夜から出始める。一眼レフをすぐに取りに戻り、幣舞橋周辺を撮影。
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本格的な霧が出た幣舞橋周辺
8/18(水)
羅臼と雌阿寒温泉がなくなり予定が狂ってしまった。朝食は「モカ」でコーヒーとトースト。これで3回目である。釧路駅に出て白糠まで鈍行列車に乗ってみる。駅を降りたが予想通り何もない。駅前のビジネスホテル兼食堂でアイスコーヒーを注文。
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白糠駅ホームの白糠線モニュメント 今は撤去された
白糠線廃線代行バスに乗ってみようと思ったが時間が合わない。展望台に登り、港の方へ行ってみたが
霧が濃いので国道沿いの「東屋」(釧路にはこの屋号が多い)でざるそばと親子丼の昼食。
3時頃に釧路へ戻り、MOOで菓子などの土産を買い、宅急便で自宅へ送る。旅もそろそろ残り少なくなってきた。
夜は以前から噂を聞いていたちゃんこ「坤龍」へ行く。元大鵬の付け人で十両まで上がった人。
相撲ファンなので名前は知っていた。ちょっと入りにくい店であったが、繁盛しているとても気持ちがいい店。奥様がとても粋な雰囲気。オーナーの福本さんはぶっきらぼうな印象を与えるが、話すと人なつっこく、大鵬煎餅をお土産に貰った。私が現役の時を知っていたことが嬉しかったようだ。
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おなじみのMOO周辺の夜景
8/19(木)
いよいよ今晩で釧路9泊10日が終わる。後半からはあっという間でであった。午前中は部屋の中が散らかり放題であったのではじめて掃除をする。もう洗濯をしてもあまり意味がないが部屋の洗濯機をこれまた初めて使う。
天気も旅の後半から回復してきた。気温は相変わらずだが、今回の滞在でお気に入りを再度歩いてみることにした。入舟町から南大通りを歩き、米町公園、釧路崎灯台へ登り、太平洋炭鉱の全貌を見学。
タクシーを拾い、副港方面へ。近海郵船の東京行きフェリーが停泊していた。
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最後に晴れた 米町公園から阿寒連山がくっきり 秋の気配である
夜は一昨日、「いわし屋」で知り合ったW君と再会。1時間ぐらいで店を出て、以前、入ったことがあるオリエンタルビルのスナック「アレキサンダー」へひとりで入る。釧路最後の夜にはじめて飲み屋へ足を運ぶ。
8/20(金)
8時40分、「みなと21」をチェックアウト。ビジネスホテルとそれほど変わらない値段であったが、融通が利き、選んで正解であった。フロントの美女には「また近いうちに来ます」と告げた。結局、食事にも誘うことができなかった。
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ありがとう釧路、さようなら釧路、また来ます!!
釧路発9時31分の「おおぞら4号」で札幌へ。昨日のW君も居り、彼はグリーン車、私は普通車である。13時56分札幌到着。北海道最初の夜に泊まったホテルアタッシェへチェックイン。夕方まで中島公園を散歩。秋の気配をかんじる。ナナカマドがもう実っており北国の秋である。
W君と晩飯を食うことになり、18時、ヨーク松坂屋前で待ち合わせ。彼が知っている狸小路にある「ふる狸」というろばたへ行くが、有名な割には味はイマイチ。観光客ご用達とみた。
その後、W君と野郎2人でタクシーで藻岩山まで行き、ロープェイで山頂へ。しかし、霧で何も見えず。
マチナカへ戻り、W君にススキノで一杯誘ったが、スナックの類は好きではなく、「悪の道へ行きそうなので」という唖然のセリフを残し、ひとりでホテルへ帰ってしまった。相当な堅物というか変人である。
札幌最後の夜、2軒はしご、1時半頃までススキノでひとりグラス傾ける。気持ちいい酒であった。
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秋の気配が濃くなった札幌のマチ ナナカマドとススキノ
8/21(土)
旅の最後の日。頼まれものがあり、小樽のガラス工房まで買い物へ行く。小樽は相変わらずの凄い人出。厭になってしまう。この運河街を歩いて何が楽しいのであろう。昨日までいた釧路が無精に懐かしい。小樽駅近くに文芸系の古くていい喫茶店を発見。やっと寛ぐ。
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小樽・高島岬からの青山鰊御殿 強風だがサイコウの天気
小樽からエアポートライナーに乗り、新千歳空港へ。17時40分発のJASで羽田へ向かう。
12泊13日の釧路を中心にした旅行が終わる。釧路8泊、札幌3泊、根室1泊であった。
【おわりに】
はじめて旅行記(日記)を公開したが、書いて、読んでいると当時の記憶が鮮明に蘇ってきた。毎日、毎日の動きまでもが具体的な記憶としてある。
その理由は何であろうか?既に100回近く北海道を旅しているが、記憶が鮮明な旅は数えるほどしかなく、特に最近に関しては本当に薄くなっている。
ひとついえることは、釧路のウイークリーマンションに9日間滞在をしたことで日常に近いゆったりとしたリズムで過せたこと、あえて歩きと公共交通機関に利用を限定(2日だけレンタカーを利用したが)したことが大きかったと思う。
車なら2日もあれば全行程をこなせたものを毎日のお天道様と体調や気分と相談しながら一日を送ったことが印象を濃くしているのであろう。
今思えば大変、贅沢な旅ともいえる。旅は移動のスピードが落ちれば落ちるほど印象が濃くなる。航空機よりは新幹線、新幹線よりは在来線の特急、特急よりは鈍行というように人間の歩く速度に近づいた方が疲れないし、後々の記憶に残る。
現在、中高年齢層を対象にしたロングステイ(滞在型)観光が注目されているが、お決まりのメニューを滞在中に提供されるよりは自分で調べて、考えて、行動した方が充実したロングステイになるのではと思う。また、団塊層だけではなく、もっと若い人たちに滞在型旅行を楽しんでもらいたい。
10日は無理でも3泊~1週間程度なら都合がつくはずだ。

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