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子供の頃からの思い出が詰まっているYS11が引退

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写真上 オホーツク紋別空港 下紋別を飛び立つ プロペラとオホーツク海
名機、YS11が今日で日本の空から引退することになった。40年に渡り、飛び続けたのは驚きといえる。ちなみに40年前(昭和41年)に国内線で活躍した航空機を当時の「交通公社時刻表」で調べると、ジェットがB727、コンベア880、プロペラがDC7、DC6、フレンドシップ、ヴァイカウント828、コンベアア240、ノール262とどれもが、博物館クラスの航空機なのでその古さがわかるであろう。
参考まで羽田・札幌の運賃は12,400円であり、国鉄利用だと上野・札幌間の2等運賃が2,100円、寝台や急行料金をたしても4,000円でお釣りがきたはずなので、いかに飛行機が贅沢であったかがわかる。
この時刻表に日本国内航空(後のJAS)の広告があるが、そのキャッチコピーが時代を現している。「シシャモをつまみに、ビールで乾杯!朝食おべんとう・洋菓子・紅茶・サンドウイッチ・・・・国内航空は最高の空の旅を約束します」とある。まるで国際線並みのサービスである。当時の国内航空はYS11以下すべてプロペラ機であったので狭い機内でたいしたもんである。
ホテルの広告も面白い。今でも健在の法華クラブ(経営は代わったが)のコピーというと-「新幹線トンボ帰りはからだに毒です。法華クラブにゆっくり一泊し、朝一番の「ひかり」で変えると会社にセーフ。能率本位に作戦を立てましょう」とある。
東海道新幹線が開業し、まさに高度成長、モーレツ時代の幕開けである。
それから40年、とうとうYS11も引退である。
子供の頃、飛行機で旅に行くのは贅沢であった。クラスで岡山までYSに乗った同級生が写真を見せて自慢をしていた。更に札幌オリンピックを見に行った奴はジェット機で行き、羨ましいと思ったものだ。家族で東北旅行へ行く際、花巻までYSで行きたかったが却下され、冷房のない旧型客車の急行に乗った。
YSの思い出を語ろう。あまり飛行機が得意でない管理人であるが、YSはなぜか好きであった。あのローカル線的な雰囲気、プロペラの振動がマッサージ機のように気持ちよく、不思議にリラックスできた。特に気流とともに上下に揺さぶれるかんじが、飛行機に乗っていることを実感させられ、今のジェット機にはないリアルな感触であった。
高度4000mあたりを飛ぶので雲に入り、気流が悪ければ揺れて最悪であるが、大揺れしない限り、YSは揺れるという覚悟ができてきるので安心できた。好天ならまさに遊覧飛行であり、サイコウである。
道内では丘珠-中標津、丘珠-釧路、千歳-紋別などに搭乗した。
もっとも景色がよかったのは、離島の対馬から長崎まで路線で途中の九十九島などの風景が忘れられない。
YS11引退、こころから残念に思う。

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