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プロ野球オールスターファン投票結果発表 1978年の8人選出を思い出す

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大沢親分のガッツポーズが懐かしい

プロ野球のマツダオールスターゲーム2012のファン投票最終結果が25日に発表され、パ・リーグの先発投手に日本ハムの斎藤が2年目で初めてファン投票で選出された。両リーグ最多得票は42万6066票を集めたパ一塁手の稲葉(日本ハム)で、セの最多は遊撃手の鳥谷(阪神)の29万3825票だった。(6/25付 道新

プロ野球オールスターゲームのファン投票結果が発表された。

ファイターズからは8選手が選出、「えっ?」という選手が複数いるがこの結果を見て、1978年のオールスターファン投票を思い出した。知らない方も多いと思うのでスポニチ記事を添付する。

やっぱり8人が1位になってしまった。オールスターゲームのファン投票結果が発表され、パ・リーグは福本豊外野手(阪急)を除いて、日本ハムの選手が8人もトップになった。しかし、新人の古屋英夫三塁手、4年目の菅野光夫遊撃手の2人が出場を辞退することになった。けがをしているわけでもなく、泣く泣く辞退せざるをえなかったというのが実情。背景には日本ハムに対する“球宴ジャック”との批判があった。(1978年7/14 スポニチ

この時の選出メンバー

投手 高橋直樹 捕手 加藤俊夫 一塁手 柏原純一 二塁手 富田勝 三塁手 古屋英夫(出場辞退) 遊撃手 菅野光夫(出場辞退) 外野手 ボビー・ミッチェル 外野手 千藤三樹男

1978年当時のファイターズはプロ野球12球団の中でも不人気という面では一番であったであろう。そのチームから9ポジション中8人が選ばれたのだから大騒ぎになった。今と比較にならないぐらいオールスター戦の人気があった頃で新聞紙上で発表される途中経過を毎日楽しみにしていたが、「とんでもないことになってしまった」というのが率直な感想であった。

このシーズン、管理人はファイターズの試合をもっとも多く観戦した年であり、多分20試合近くは後楽園に通っていると思う。上記、選出されたメンバーは鮮明に覚えているが、懐かしい顔ぶれだ。

今振り返ってみるとそんなに悪い顔ぶれではないが、古屋選手はルーキーの年で低打率、菅野選手も地味な守備の人で、自衛隊とやじられていた記憶がある。その意味は守るだけということだが球団から辞退させられてしまった。古屋選手はその後、成長し実力でオールスターに選出されたが、菅野選手はその後機会がなく、本当に気の毒であった。引退後はファイターズのコーチや寮長など北海道へ移転後も活躍されていたが、若くして亡くなられたのは残念だ。

この時のファン投票でいちばん問題となったのは「組織票」であった。当時、「少年ファイターズ」という組織があり、中学生以下だと確か年会費千円で内野席がフリーパスになったと記憶しているが、その少年会員を利用して組織票で8人を送り込んだという訳だ。

管理人は高校生になっていたので資格はなかったが、投票期間中の後楽園の試合でハガキを何枚か貰い、記入済みのものを帰り際に渡した記憶がある。相当な数のハガキを撒いていたのであろう。

今振り返ると、それが悪質な行為とは思えない。ファン投票の場合、どこまでが組織票であるかの線引きは難しく、球団が子供会員に投票を依頼する行為は営業努力であり、むしろ評価すべきである。球団に圧力をかけた当時のNPBは何様かと言いたい。

オールスターファン投票の場合、以前は相当数字を乗っけているという噂を聞いたことがあるが実態はどうなっているのかわからない。

今年のファイターズは1978年のケースとは異なるが、出場する選手は臆することなく、堂々と登場していただきたいと思う。

先発投手 斎藤佑樹

抑え投手 武田久

捕手 鶴岡慎也

一塁手 稲葉篤紀

外野手 糸井嘉男

中田翔

陽岱鋼

指名打者 スレッジ

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