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「大鵬さんと北海道」 2005年5月のブログより

最近、ブログをサボっていたが、今月もっともアクセスが多い記事は何か調べていたら何と2005年5月に書いた「大鵬さんと北海道」であった。大鵬さんが相撲協会を定年退職した時のものだが、8年前のブログで、既に管理人のPCデータからは消えており、こちらからは見ることができない記事なので読みかえしてみると月日の経過を感じた。

この記事に1万近いアクセスが来たのは、勿論、大鵬さんが先日お亡くなりになられたからだが、この8年間の間にも大鵬さんの周辺はアクシデント続きであった。ブログでは貴闘力の大嶽親方が部屋を継いだと書いてあるが、その貴闘力が野球賭博事件で角界から追放されたのは記憶に新しい。また、同じ遺伝子を持つと書いたロシアから来た露鵬も大麻事件で廃業に追い込まれており、大鵬さんは定年後も不幸が続いていた。さらに急逝される直前には二所ノ関部屋の閉鎖が決まるなど心労も多かったであろう。

不出世の大横綱は引退して間もない時期に脳出血で倒れ、その後は病もあり、出世競争からも遅れを取り、協会時代は不遇な印象があったが、定年後も波乱万丈であった。神様は残酷だと思う。

大鵬さんの人柄の素晴らしさについては、長年付け人をやり、釧路でちゃんこ屋を経営している福本氏(ちゃんこ坤龍)から直接聞いていた。また、その福本氏と同期で今は道内でタレント業やススキノでちゃんこ屋をやっている玄武さんからも大鵬さんにまつわる話を聞かされた。玄武さんは部屋や一門が違っていたが、同郷ということで雲の上の存在から激励されていたそうで、あんな方はいないと言っていた。

今日、30日は大鵬さんのお通夜が行われた。王貞治氏が弔辞を述べたが、「私はあなたを目標にして戦ってきた。同じ1940年に生まれたあなたと(男子ゴルフの)ニクラウスと私で、ひそかに“大鵬、ニクラウス、王貞治”と常に思っていた。ゆっくりお眠りください」と述べたという。

頑固で不器用だが、心優しい印象の大鵬さん。川湯温泉に行くと大鵬さんの栄光を称えた「川湯相撲記念館」がある。大鵬の名前を前面に出さないところがいかにもで好感が持てる。管理人は相撲好きなので二度訪れたが、久しぶりに顔を出したい気持ちとなった。

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