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最後の生活感がある夜行寝台列車であった「あけぼの」が廃止

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羽越線や奥羽線などを通り上野-青森駅間を1日1往復走るJR東日本の寝台特急「あけぼの」が、本年度で廃止される見通しとなったことが1日、鉄道関係者への取材で分かった。乗客の減少や車両の老朽化などが原因。東北を起点に運行する寝台特急が全て姿を消すことになる。(11/2付 河北新報

この時期のあけぼの廃止は意外であった。北海道新幹線開業の直前に廃止と読んでいたが、24系の老朽化や利用者の減少が著しかったのであろう。管理人もこれまで6回乗車しているが、最後に利用をしたのは5年前のこと。B寝台個室ソロであったが、その時は人気のB個室も空席が目立ち、寝台料金なしに利用できる「ゴロンとシート」も空いていた。

初めて乗った1980年代はまだまだ上野発のブルトレが元気であった。当時、あけぼのは3往復体制で更に繁忙期には臨時が運転されており、この頃が全盛期と云えよう。東北新幹線が開通しても、その恩恵に与れない荘内や秋田県南部などの日本海沿い、秋北、津軽地方の人々を中心に根強い人気があった。上越新幹線で乗り継ぎも出来たが、鶴岡、酒田やその北へ行くには乗換なしの夜行が一般的に使われており、「天の川」や「鳥海」などがあけぼのの補完をしていた。東北方面の夜行というと九州ブルトレなどと比べ、地味で質素な印象があったが、あけぼのは早い時期からオール2段寝台を採用し、最新のデラックスな車両といったイメージであった(今では考えられないが)。

30年近く前、弘前までB寝台を利用した時のことだ。発車前の上野駅で寝台の上段に登り、寛いでいると初老の男性が声をかけてきた。ここが自分の寝台だと言い出したので寝台券を見ると先方の日付が前日であった。困った男性は車掌に空きはないか聞いていたが、当時のあけぼのは人気列車で満席。男性が困り果てていた記憶がある。今は8両編成だが、11両編成が3本も走っていた時代である。

風向きが変わって来たのは航空機の大衆化もあるが、1988年に登場した品川と弘前を結ぶ夜行高速バス「ノクターン」の登場であろう。首都圏では初めての3列シートによる夜行バスであり、これまでの狭く、時間がかかるというイメージをいっきに覆えした。それ以降、夜行列車の斜陽が急速に進むが、あけぼのが走るエリアは、かなり早い時期から夜行高速バスの路線が誕生しており、それだけ需要があったということである。

現在のあけぼのは上越線から羽越本線、奥羽本線経由で結んでいるが、登場から暫くの間は東北本線を走り、福島から奥羽本線に入り、そのまま青森まで向かった。山形新幹線工事の時からルートが変わったが、思い出深いのは東北本線の小牛田から陸羽東線を経由して新庄まで行き、奥羽本線に入っていた頃だ。その頃から利用者が急に減った記憶があり、B個室寝台ソロの増車や「ゴロンとシート」、女性用車両の導入など改善も図っていたが、あまり効果はなかったようだ。「ゴロンとシート」などは魅力的なサービスだが、沿線の利用者にあまり知られることはなかった。明らかなPR不足であった。

あけぼのは最後の生活感がある夜行列車だったのではないかと思う。残存するブルトレとして他に「北斗星」があるが、こちらは観光主体のよそ行きの列車である。それに対し、地元に根付き、夜行列車という言葉が似合うのがあけぼのである。このあたりのことは5年前に乗車をした時のブログで感想を書いている。

既にチケットの売れ行きが凄いようだが、いつもながら繰り返されるこの現象、あまり気分のいいものではない。2年前の「日本海」廃止の時もそうだったが、だったらその前に乗れよといいたくなる。ホーム上で「ありがとー」、「サヨナラー」と馬鹿騒ぎをする喧騒の時がまた近づいてくる。

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