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西武&東急が繰り広げた大レジャー産業時代の終焉

夕張にある観光施設20箇所の一括運営を任された加森観光であるが、これで道内だけではなく、全国へ名前が知られるようになった。加森の名前は再建請負人屋という印象があるが、夕張に代表されるように買収ではなく、運営委託の事例が多い。
委託施設は道外にも多く、安比高原(リクルート系)、夏油高原(国際興業系)、御岳(町営)スキー場などのウインターリゾートをはじめ、別府杉の井ホテル、北九州のスペースワールド(新日鉄系)、姫路のバイオパークなど「観光産業」につながるものではあれば手広く、展開する特徴がある。
今回、加森は、東急グループの伊豆急から伊豆半島の観光施設4箇所を買収した(日経新聞に詳細記事
。施設には「伊豆バイオパーク」や「稲取高原ルネッサ」など人気施設があり、いずれも黒字経営とあるが、利用者が減り、スリム化を進めている東急グループなので勢いと実績がある加森に譲渡したのであろう。
現在、加森の道外施設は、運営委託が中心であり自保有のものは、浜松町や大森にあるアートホテルぐらいのものであった。これで伊豆が加わると首都圏地区にも本格進出する足がかりになるであろう。
また、売却先が決まらなかった旧コクド系の北広島プリンスホテルとゴルフコースは、米投資会社ローンスター・ファンド傘下のパシフィックゴルフグループインターナショナルホールディングスのゴルフ場運営会社PGPに売却されることになった。ミニスキー場があったホテルは使用しないらしい。
西武ホールディングスが売却しているホテルやレジャー施設は意外なほどに安い価格だ。
資産価値が低いのか、外資に足元を見られているのかわからないが、堤義明氏の威光はどこかへ飛んでしまった格好だ。
かって五島慶太の東急と西武の堤康二郎は、競い合うように全国の観光地にホテル、スキー場、ロープウエィ、ケーブルカー、観光バスから有料道路、ゴルフ場などを作りまくった。
昭和30年頃には箱根戦争といわれて競合するバス会社のライバル意識は半端なものではなかったようだ。
時代が経過し、まず東急が西武ほどではないが、事業の見直しを行い現在再構築中である。西武はご承知の通り、堤氏のあの事件で一枚岩の巨岩がもろく崩れ落ちてしまった。
両者ともバブル期以降は時代感覚を喪失して、スタイルに付いていけない魅力のない会社になっていた(特に西武)。もともと組織は相当、硬直化したいたのではないか。
これまで政治力とカネに力を言わせて日本国中を観光開発した西武と東急であるが、その役目が終わった気がする。両者のやり方に関しては、いろいろな意見があるであろうが、西武・義明氏がつくった苗場プリンスホテルのビジネスモデルなどは興味深いものがある。
もし、苗場と志賀、万座がゴンドラで結ばれ上信越国境を股ぐ、巨大ゲレンデが実現していたらどうなっていたであろうか。

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