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残り僅かになった茨城を走る北海道の炭鉱私鉄車両

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写真上は茨城交通キハ20型・下はJR北海道711系(共に1996年頃撮影)・鹿島鉄道の写真がなく残念
3月31日に廃止となった鹿島鉄道(旧・関東鉄道鉾田線 石岡-新鉾田)に旧夕張鉄道の気動車キハ714(夕鉄時代は気は251)が最後まで走っていた。
管理人は10年以上前にこの夕鉄車両に乗ったことがある。廃止の1週間前、たまたま茨城に所要で出かけ、途中、石岡駅を通ると最後の乗車に来た鉄道ファンでごったがえしてきた。
昨年のちほく高原鉄道廃止の際も思ったが、廃止直前になると駆け込みでラッシュ状態になる。宮城のくりはら高原鉄道でもそうだった。いつも繰り返されるこの光景を見ると、普段からこれだけの人が乗っていればこんなことにはならなったのに、とため息をついてしまう。
鉄路の廃止ではないが、3/18のダイヤ改正で廃止された特急「東海」(東京-静岡)に廃止2日前、東京駅から乗ったが、ホームは100人近い鉄道ファンのカメラでごったがえしていた。
しかし、彼らの大半は乗車をしない。車内はいつもよりは混んでいたが(管理人は日常的によく利用していた)廃止直前にしては空いているのだ。
ちょうど今回、鹿島鉄道の廃止と夕鉄車両の話を書こうと思っていたが、タイミングよく北海道新聞に現役夕鉄車両が活躍していた鹿島鉄道廃止の記事が出ていた。
この車両、50年以上に前に作られた車両であるが、当時流行の湘南電車スタイルである。夕陽に染まる霞ヶ浦をゴトゴト走ったのが印象的である。
茨城には夕鉄以外にも北海道の炭鉱を走っていた車両がいまだ健在である。常磐線の勝田と阿字ヶ浦を結んでいる小私鉄・茨城交通では、羽幌炭鉱鉄道や留萌鉄道で活躍していた気動車が今も残っている。
運行日は限られているようだが、この鉄道、狭い家の間を抜け、暫くすると海に出る。終点の阿字ヶ浦は目の前が砂浜で何もない。距離は短いがなかなか味わいがあり、何度か乗ったことがある。
道内では昭和の面影を残す車両は少ない。私鉄がないせいもあり仕方ないが、強いてあげれば赤に白色の帯が入った電車711系車両が最後のお勤めをしているようで気になる。しかし、最近では札幌駅に殆んど登場しなくなってしまった。岩見沢や苫小牧周辺で僅かに見かけたが、時間の問題であろう。
先日、まもなく廃止される「ライラック」に旭川まで乗った。車内放送に流れる鉄道唱歌のオルゴール音が郷愁を誘った。このオルゴール音も無機質な電子音に変わり、まもなく聞けなくなる。

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