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昭和の旅がよみがえる「大鉄道博覧会」

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このところの売れ筋として「昭和懐古」と「鉄道趣味」がある。「三丁目の夕日」に代表される昭和30年代ブーム、また、鉄道趣味では、鉄道好きアイドル(鉄子)の登場や鉄っちゃんものがドラマ化(特急田中3号)されるなど以前では到底考えられない世界が急速に市民権を得ている。
マーケティング的に捉えると「団塊リタイア」と「団塊ジュニア」市場、「オタク・AKIBAの一般化とグローバル化」なども背景にあり、大きなマーケットとなっている。
前置きが長くなったが、昭和懐古と鉄道趣味を合体させたような企画展が今、両国江戸東京博物館で開催されている。「大鉄道博覧会 ~昭和への旅は列車に乗って~」という展示会で、管理人は昨日、覘いてきた。昭和30年代から40年代を中心に、高度成長期の鉄道と大衆の旅の様子を見ることができる。
展示物としては、3段寝台、修学旅行列車「きぼう」座席、初期のきっぷ自動販売機、殺人的ラッシュの103系中央線の車内を再現したもの、そして人気の列車ヘッドマークやサボなどが展示されている。モノクロ写真もいいものが多く、就職列車コーナーでは、井沢八郎の「ああ上野駅」が流れていた。
管理人の親の実家は上野駅前で薬局を長く経営していた。親しい従兄がいたので、よく遊びにいっていたが、上野駅が遊び場であり、何より鉄道を見るのが最大の楽しみにであった。
昭和40年代から50年代にかけての上野駅は花形列車のオンパレードで、多くの人で賑わっていた。北国から到着する列車は、見知らぬ土地への想像力と旅への誘惑を駆り立ててくれた。冬になると客車の屋根に多くの雪を積んで入線してくる列車を見るのが楽しみだった。東京に雪が降らなくでも、冬の上野駅にはいつも雪があった記憶がある。
管理人が池袋に近い実家へ帰る夜になると夜行列車を待つ人々がホームから階段にかけて長い列をつくっていた。特にお盆や正月の帰省時期は、外の広場まで驚くような人が地面に座っており、壮観な光景であった。幼い管理人は、どうしてここまでして故郷へ帰りたいのか理解できなかった。宅配便もない時代であったので人間よりも土産などの荷物がスペースを多く占めていたものだ。
昭和中期~後期前半、旅は今より遥かに重かった印象がある。東海道新幹線はあってもこれは特別な乗り物、特に上野駅は、荷物だけではななく、人生の大きな何かを背負っているような人たちが行き来していることを子供ながらにかんじていたのかもしれない。
新幹線が発達した今、気軽に旅や帰省ができるようになったが、近くなった反面、駅や列車に人間臭さが消えてしまった。博物館の帰り、両国でちゃんこ鍋をつつきながら、そんなことを考えた。
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