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力士死亡事件と相撲界 -時津風親方と相撲部屋-

このところニュース注目度は断トツを走る時津風部屋のリンチ殺人事件だが、相撲ファンとしてちょっとこの話題に触れたい。
朝青龍事件の時のブログでも相撲部屋のシステム、新弟子育成、イジメ、角界の閉鎖性などに苦言を呈したが、心配していたことが表ざたになった。
管理人は力士になりたかったほどの相撲追っかけ少年だった。中学生の頃は稽古見学やサインを貰いに大半の相撲部屋を訪ねている(当時は部屋数は今の半分以下の25程度)。デーモン小暮閣下ややくみつるなど齢が近い世代には相撲フリークが多い。角界入り志望は親への反抗もあり、本気ではなかったが、いじめがなく、居心地がよさそうな部屋を探したのは事実。部屋によってかなりの差があり、一般的には小部屋の方が定着率がいい。当時から陰湿なイジメ・しごきは知っており、今より遥かに上下関係が厳しい時代であった。
また、朝稽古も今はフリーでも見学できる部屋が多いが、当時は関係者以外は入ることができなかった。特に大部屋といわれる出羽ノ海や二所ノ関、高砂部屋などは、近ずきにくい雰囲気があった。重厚な鉄の扉で閉ざされており、いったいこの中で何が行われているのか悪い想像をしたものだ。
阿佐ヶ谷の花篭部屋(今の花篭とは別・輪島などがいた部屋でその輪島が潰した部屋)に行った時のことだ。部屋のすぐ近くに日大相撲部があり、学生力士も稽古に来ていた。なかには強い学生もおり、プロの力士を負かす。負けたプロの力士は稽古場の裏手に連れて行かれ、兄弟子からボコボコにされている光景を見たことがある。こんなことは日常茶飯事であったのであろう。
時津風親方の話をしよう。連日の報道で有名になったが、現役時は双津竜という四股名であった。同名の先代がおり、2代目ということになる。力士としてはつかみどころがなかった印象だ。身体は当時、高見山の次ぐらいに大きかったかもしれないが、身体を生かした相撲が取れず半端、相撲が遅く、覇気がかんじられなかった。コンニャクのようにフニャフニャしており、相撲好きの友人との間で双津竜のことを「ナメクジ」と呼んだ。あまり話題になることもなく、時津風には輪島のライバル、2代目豊山や蔵間がいたので、その陰に隠れていた印象がある。
土俵を降りると力士としては愛想がよかった記憶がある。当時、福祉大相撲や力士の歌番組があるとよく出ていた。なかなかの美声であったが、演歌が多い同時の力士間では異色で、越路吹雪の「ろくでなし」や「星降る街角」など高音・裏声を駆使していた記憶がある。あまり気持ちがいいものではなかったが。
引退後は錦島親方になり、名門・時津風を継いだ。双葉山、初代豊山と理事長を兼ねた大物の後だったので「まさかあの双津竜が時津風?」と驚いたが、名門部屋を継いだ。関取も先代の農大ルートもあり、順調に育っていった矢先の今回の事件である。
実は管理人も、事件を聞いた時、「あの双津竜が弟子を?」と思った部類である。社交的、好人物の印象があったが、実態は二面性があり、違ったようだ。
捜査を待たないとわからないが、最近の相撲界はおかしい。いや、もともとおかしかったのだが、封印されていただけである。力士、元力士、マスコミすべて言ってはならぬ不文律があり、超狭い村社会だったのだ。先日、テリー伊藤が相撲界のことを「カルト集団、オウムと変わらない」と言ったが、よく言ったと感心した。
今の相撲部屋は旧態以前としたシステムに、今の時代が持つ病巣が加わり、機能不全の状態になろうとしている。
最近の相撲部屋は、引きこもりやヤンキーなど矯正の場になってしまっている。実際、相撲部屋のホームページを見ると堂々と「問題児を逞しい子に育ててあげます」と書いてある。それも角界を代表する名門部屋のサイトだ。管理人は最初目を疑った。これが果たしてプロスポーツであろうか。
単なる養成費稼ぎ、人員確保の手段である。大相撲も落ちるところまで落ちたなと最近思っていたところの今回の時大山事件であった。

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