*

力士死亡事件と相撲界(2) -相撲部屋と人材育成-

昨日に引き続き相撲の話を書く。
増位山(三保ヶ関親方)の歌で「両国エレジー」という相撲哀歌がある。確かこんな詩である。
♪朝もはよから起こされて 炊事 洗濯 拭き掃除
やっと ちゃんこに ありつけば 中身は空っぽ おつゆだけ♪ 
これは2番だと思うが、1番は夢を持って上京したが、待ち受けていたのは兄弟子のゲンコツといった内容である。大昔の歌であろうが、本質は今も変わっていないと思う。相撲部屋はまさに理不尽の世界である。
よくお相撲さんは無口だと言うが実際は違う。マスコミなど公の席では余計なことは言ってはならぬという昔から因習が残っているからだ。よく、バラエティ番組などで相撲部屋を訪問し、タレントが若い衆にインタビューするとどこか周囲に遠慮、気にするというか、伏し目がちだと思ったことはないであろうか。ひとことでいえばビビッている状態なのだ。
たとえば中学を卒業して15歳で角界へ入門したとする。人間形成が出来る以前に角界の価値観を叩き込む。世間は白でもこの世界では、親方や兄弟子が黒といえば黒と思わなければならない。そうやって自分で考える力をもぎ取り、染め上げてゆく。
管理人が相撲少年だった頃は、高卒は「理屈が多い」からと入門を嫌がられた。実際、高卒や中退で入ると自分より若い力士からこき使われる羽目になる。また、新弟子は入門後、1年ぐらいは相撲の専門誌を読んではいけないという不文律があった。まったく理解不能だが、情報遮断であろうか。
最近は大卒が増え、環境は変わったが、体育会系出身であり、日大相撲部などは大相撲などより厳しい稽古や上下関係があるので似たりよったりだ。
力のある大卒エリート力士とそうではない力士数確保要員のノンキャリア力士との差が広がり、かえって歪んだ世界になっているかもしれない。
北の湖理事長は13才で初土俵を踏んでいる。当時は中学生力士がOKの時代であった。それから40年間、独自の価値観の中で生きてきたわけである。時津風親方も自分の罪に対してピンと来ていないようだが、理事長も全く同じである。相撲界のタチが悪いところは引退しても年寄として残れる制度がある。もし、15才で入門すれば定年の65才まで50年間も同じ組織にいるのだ。
他のスポーツであれば引退をすれば他所の飯を食うが、相撲界の場合、親方で残れればそうではない。
相撲界という狭い価値観しか知らず、それが絶対になり、他者の価値観を受付けなくなる。そういう人たちが新弟子を育成しているのだ。相撲界の物差ししか知らない人たちが運営している特殊な世界であり、カルトといわれても仕方がないのだ。
管理人は、相撲部屋のライフスタイル、稽古方法(トレーニング)などいくつか疑問がある。新しく取り入れるべきもの、見直すもの、無駄なものも含め検証すべきだと思うが、外部の人間が入れないのだからどうしようもない。これまで長い間、国技という隠れ蓑を使い、アンタッチャブルな世界であった。
相撲界の暴力体質は今にはじまったことではない。戦前はヤクザが部屋に居候しており、力士ともヤクザともつかないものが沢山いたらしい。その当時から続いている悪しき伝統なのだ。
昭和の初期、古い大相撲の体質を改善しようと力士が団結し、春秋園事件を起こした。天竜三郎(プロレスの天龍の先代に当たり、今でも同氏が経営した同名の中華料理屋が銀座にある)を中心とした相撲界のクーデターであるが、参加した力士は髷を切り、ファンファーレに乗って登場した。勿論、茶屋制度なども廃止した。当時の相撲協会はあらゆる圧力をかけ、参加力士を呼び戻し、興業を打てないようにした。僅か2,3年で革新力士団は潰れたが、それ以降、相撲協会は国技を前面に出し、より閉鎖的、高圧的になったような気がする。
今回の大相撲不祥事は、春秋園事件以来の危機である。まさに80年近い膿が溜まったいたわけである。話がそれたが、力士だけではなく、親方の人材育成を含めて抜本から見直す時である。今のままでやり方を続けていればNHKも放映しなくなる。
何から手を着けていいのか気が遠くなるような作業であるが、稽古、人材教育を含め、ひとつひとつテーマを相撲界の常識、一般社会の常識、また、科学的検証を含めてやってゆくしかないと思う。

 - すべての記事一覧, 道産子スポーツ