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苗場プリとホテルパシフィック東京、電鉄系老舗ホテルの営業縮小と廃業 ホテルは生きものだ 

湯沢町三国の苗場プリンスホテルは25日、効率的な営業展開をするため、これまでの通年営業を改め、冬と夏に重点を置いた季節営業に転換することを明らかにした。バブル崩壊後のスキー客などの減少と、昨秋以降の景気悪化が主な理由。(3/25付 毎日新聞

京浜急行電鉄は3月25日、東京・品川駅前でグループ会社が運営するシティホテル「ホテルパシフィック東京」の営業を2010年9月末で休止すると発表した。設備や内装が老朽化しており、大規模な投資や長期間の改修工事が必要になるため、営業の維持を断念した。( 3/26日経BPネット

西武グループ・ウインターリゾートのシンボルとも云える苗場プリンスホテルが通年営業からスキーシーズンと夏季の季節営業に変更された。1961年に開業したホテルは増築を重ね1300室を誇るマンモスリゾートホテルである。しかし、バブル期には年間300万人を越えた利用客も昨年は127万人まで減少、今年もユーミンのコンサートが行なわれたが、憧れの「Surf &Snow」の舞台も過去のものとなり、色褪せている(ユーミンファンには失礼だが苗プリとユーミンは同じ時代を生き、似た運命を辿っている気がする)。
もともとスキーシーズン以外は何もないところ。とりたてて涼しい訳ではなく、ゴルフコースも地形的に恵まれていない。バブル崩壊・スキー人口減少後、よくここまで通年営業を続けられたというのが率直な印象だ。”苗プリブランド”は今やブランドではなくなってしまった。
管理人が初めてスキーをしたのが小学校2年生の時、この苗場プリンスホテルであったので格別な思いがある。日本で最初にアルペンのワールドカップが開催されたのも苗場で、今はなき「ワールドカップロッジ」(プリンスホテルよりも安い)に泊まったこともある。昔の「JJ」で出てくるような憧れのお姉さんが泊まる苗場プリンスホテルに早く行けるようになりたいと思ったものだ。
ところが80年代中頃からはスキーブームでいっきに苗プリも大衆化。増築に増築を重ね、リフト2食付きのお手軽パック料金に代わり、そのブランドも色褪せた。管理人は苗場は避けるようになり、奥志賀高原ホテル、志賀高原ホテル、赤倉観光ホテル、草津のビレッジなどの老舗リゾートホテルに興味が移り、バブル期に入ると各地にゴージャスなリゾートが続々と登場。その頃になるとリゾートホテルは特殊なものでなくなり、同時に興味もなくなった。
かれこれ30年は行っていない苗場スキー場。筍山からの景色が雄大であった。規模は縮小してもスキーリゾートの伝統は守ってほしく、以前、ここで一夜を迎えたカップルにも戻ってきてほしいものだ。
もうひとつプリンスホテルが林立する東京・品川駅前にある京急系のホテルパシフィック東京が来年9月で営業を休止することになった。ホテルパシフィック東京は地上30階建て客室数954室の大型ホテル。1971年に高層ホテルの先駆けとして、京急電鉄が持つ約2万5000m2の敷地に開業したが最近は老朽化が目立っていた。
このホテルに関しては拙ブログでも紹介しているが、都内でもっとも利用しているホテルである。1月には久々宿泊をしたが老朽化は隠し切れなかった。ここの魅力は都内のホテルで現在唯一、芸能人のショーが楽しめる「ブルーパシフィック」があることだ。とても良心的なホテルなので残念である。西武村の中で孤軍奮闘していたホテルだが、こちらも時代の波であろう。
パシフィックに限らず、70年代に出来たようなシティホテルの維持・管理は難しい。建物だけではなく、顧客も齢を一緒に取ってしまうので、どうやって新陳代謝をしていくのか課題だ。

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