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北海道ローカル路線バスで行く秘境旅 『てんてつバス 留萌-達布』(上編)

写真:留萌駅付近を走るてんてつバス達布行き 下は沿岸バス留萌駅前バス停ここにはてんてつは停まらない(1996年撮影)
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2009年現在、北海道には私鉄が存在しない。かつては炭鉱鉄道や殖民鉄道、温泉地を結ぶ観光鉄道などいくつかの私鉄が存在したが、国鉄ローカル線の多くが廃止される前には姿を消してしまった。バス事業へ転換をした会社もいくつかあり、社名にその名残をかんじることができる。
定山渓鉄道が「じょうてつバス」、旭川電気軌道や士別軌道などはそのまま名前を引き継いでいる。この他、あつまバス、拓殖バス、十勝バス、根室交通、網走交通などが鉄道会社の流れを引く。このあたりのデータについては、最近多くの出版物で紹介されているので、そちらの方で参照していただきたい。
その中で、今でも社名に「鉄(てつ)」を残しているバス会社のひとつに「てんてつバス」がある。多くの方が社名を聞いても、どこに存在するのかピンと来ないと思うが、鉄道会社時代は天塩炭鉱鉄道といった。昭和41年の炭鉱閉山による鉄道廃止後はバス会社として、天塩炭坑鉄道バスに改称し、その後、てんてつバスになっている。鉄路があった留萌-達布間一路線のみの運行で、今も同じルートを走っているのだ。
平成4年、私が「てんてつバス」を知ったのは、留萌から羽幌方面へ行く沿岸バスに乗車をした際、留萌市内でこの会社の営業所の前を通ったことがきっかけだ。古びたバスが4,5台並んでいたが、車体前方に行き先表示板があったので路線バス会社のようであったが、「てんてつバス」の看板が気になった。
その後、道内発行の鉄道時刻表を読んでいるとバスダイヤの欄に「てんてつバス」が載っていることに気付いた。一路線のみで4往復しかなく、大変興味を惹かれ、私は思い切って、てんてつバス本社に電話を入れてみた。
当時はインターネットもなく、鉄道廃線ブームにもなる前、北海道のローカル私鉄や路線バスの情報など殆ど入手できなかった時代だ。電話には年配と思しき男性が出た。最初は鉄道について聞いたが、炭鉱鉄道の歴史などについて質問すると社長が代わりに登場した。
まず、素朴な疑問として「バスは一路線だけなのですか」と聞いてみた。失礼かとも思ったが、「そうです」ということで、かつての鉄道駅を忠実に守ってバスを走らせているという。本当は「営業が成り立つのですか」とも質問したかったが、流石に控えた。当時はローカルバスへの補助金や助成金制度、また、貸切バスをやっていることなど業界知識は全くなかった。社長からは最後に「うちみたいな会社に興味があるなら是非遊びに来て下さい」と言われた。
鉄道会社であったのに、一路線で一日4往復しか走っていない会社。これは興味を惹かれた。まず、終点の達布(たっぷ)がどんなところが気になった。達布という地名の響きもいい。
達布がある小平町は、日本海沿いにあり海の町を想像するが、達布は山間に十数キロ入ったところにあり、留萌炭田地帯のひとつである。留萌線の恵比島から留萌鉄道(昭和44年廃止)で入る昭和炭鉱や羽幌炭鉱は規模が大きかったが、天塩炭鉱の方はスケールが小さく採掘時期も短かったようだ。
だいぶ時間が経過し、てんてつバスに乗車したのは、4年後の平成8年のこと。札幌から特急列車で深川まで行き、留萌本線に乗り換えて留萌駅へ。北海道時刻表を見ると「神社下」が始発になっているが、その神社がどこにあるのかわからない。神社下前の次が留萌駅前と時刻表には書かれているので、そこから乗ることにした。
沿岸バスの「駅前」バス停は乗り降りしたことがあったので向かってみたが、てんてつバスの停留所や案内もない。時間が段々迫ってくる。ふたたび駅の方へ戻り、バス停を探しに行くと、小田急バスのような朱色と白の初めて見る車両が私の方へ走ってきた。中型バスだが、「達布」と書かれており、車両も新しい。4年前に見たものとはかなり違っていたが、思わず手を挙げてしまった。運転手が扉を開けてくれた。
「駅前のバス停がわからないので・・・・」と云いかけると
「乗るの?」と聞き返され、そのまま乗車した。
念のために達布からの折り返しのバスが時刻表通りか確認をした。
車内は閑散としていた。爺婆と中年女性が2,3人乗っていた程度であろうか。時間帯が昼過ぎであり、道内のローカルバスではふつうの光景である。留萌の町から海に出ると暫くそのまま走る。どこにも停まらないが、沿岸バスと重複する留萌~信金前間は乗車のみということで、留萌行きのバスはその区間、下車のみらしい。
知らない路線バスに乗る時はいつも不安と緊張、好奇心とが交錯する。事前に時刻や乗り場など調べても、心細さは消えず、心臓の鼓動すらかんじる。ある種の冒険、探検気分である。これは鉄道の初乗りではないことで、未知なる世界へ引っ張って行かれるドキドキ感とでもいようか。情報はあるにこしたことはないが、少ない情報の中、不安と緊張感も旅の醍醐味のひとつだと思う。
30分ほど走ると海を離れて、山間へ入って行った。山といっても畑が多く、アスパラやメロン栽培など土地か開けているかんじで、夕張・美唄など空知の産炭地と較べると、長閑で、雰囲気も明るい。
かつて炭鉱鉄道があった天塩本郷駅 – 沖内駅 – 寧楽駅 – 天塩住吉駅 – 達布駅はそのまま名前が残されており、この他、山崎、鈴木、伊藤、安藤など個人宅名のバス停が多い。北海道ではおなじみである。途中で中年女性も降り、客は老婆と私だけとなり暫く走ると民家が増え、プチ市街地らしきものを形成している。終点の達布であった。
折り返しまでは30分もないので、達布の市街地(集落)を歩いてみた。商店が数軒あり、多くが閉まっていたが食堂もあり、いちばん驚いたのは傾きかけた旅館であった。廃墟かと思って近づいてみると何と営業をしている。1泊朝食おにぎり付き3,500円となる。看板も古くて、判読すら難しいのだが「紅屋旅館」と書いてある。
いったい誰が泊まるのか?この集落、空知の旧産炭地とは全く雰囲気が異なり、暗くないのがいい。未知なるゾーンに迷い込んでしまったかんじだ。炭鉱跡まで行ってみたかったが、それらしくものも見当たらず、30分では戻ってこれそうもないので、今回は引き上げ出直しを決意する。
つづく
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写真:今にも崩れそうな紅屋旅館、昔は駅前旅館であったのであろう 1996年当時の達布営業所時刻表
今後、不定期で道内の知られていない路線バスや人があまり訪れない”秘境”を紹介して行きたいと思います。(1996年撮影)

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