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昭和のリゾート遺産?30年目を迎えたユーミンSURE&SNOWライブと苗プリ


ユーミンの苗場プリンスライブが30回目を迎えている。1回目は1981年、1980年12月に発売したアルバム「SURE&SNOW」のアルバムの雰囲気に合う場所でやれたらという発想からスタートしたものだが、森光子の「放浪記」に迫らんばかりの大記録である。
特に明日17日(水)には本公演に加え、『SURF&SNOW Vol.1』をもとにした30回記念公演『30 th Anniversary Special Live SURF&SNOW in Naeba 1981』を予定している。第1回目の1981年に行われた「SURF&SNOW in Naeba Vol.1」をもとにした一夜限りのスペシャルライブを敢行するというもので、ちょっと観てみたいが既にSold Outである。
このSURF&SNOWライブ、最初はワールドカップロッジ(現:日帰りスキーセンター)で行なわれた。このロッジは1974年に開催されたアルペンスキーWカップの選手宿舎用に建てられたものである。「ロッジ」というネーミング自体70年代であり、時代を感じてしまうが、ここに泊まるのは憧れであった。まだまだ苗場が静かで、優雅ないい時代である。管理人はユーミンが初コンサートをした前年の1980年に一度だけ泊まった記憶があるが、客室はえらく狭く、プリンスホテル本館に較べるとかなり格差があったと記憶している。まだまだプリンス本館は大人の世界であった。
その後、プリンスホテルは増築に次ぐ増築を重ねる。本館だけであったものが6号館まで完成する。それはイコールでスキーやリゾートの大衆化を意味している。そして、ユーミンのライブも恒例化して、回数も増えてゆく。ライブはプリンスホテル4号館ブリザーディウムで行なわれているが、それほどキャパは入れずに、ステージと客席が手の届きそうな距離感で行なわれている。初期の頃のイメージを大事にしているからであろう。ライブ開始も午後の9時半。1回目からのコンセプトであった「アフタースキーで楽しむ」を守っている。
SURE&SNOWは、ユーミンがマリンレジャーやスキーをいっきに大衆化し、その後のリゾートブームのけん引役にもなっているアルバムそしてライブである。松任谷由美のスキービジネスへの貢献度は計り知れないと思う。87年公開の「私をスキーに連れてって」では三上博史がカーステレオにカセットを挿入した瞬間、「サーフ天国、スキー天国 」がオープニングでかかり出すが、あの辺りが絶頂期ではなかったか(音楽的には70年代後半から80年代初頭あたりがピークか)。
「ロッジで待つクリスマス」という曲もあった。これは「流線型80」という78年発売のアルバムに収められているが、実はこのアルバムからユーミンのリゾート路線が始まったのではないか考える。苗場コンサートが始まる少し前から葉山マリーナライブ(逗子マリーナライブの前身)や軽井沢プリンスでも夏季に実施している。スキー以外にも管理人が好きな「<真冬のサーファー」など、これまで美大卒アート系のイメージが強かった彼女が、購買層を大きく広げ大衆化し、徐々にイメチェンを図っていた頃である。それまではユーミン自身、一度もスキーへ行ったことはないと言っていたと記憶している。
ユーミンの苗場ライブやアルバムを検証してみると、若者文化とスキー・リゾートビジネスの関係がよく見えてくる。スキーとリゾート(ホテル)を大衆化し、6号館まで増築したプリンス(堤義明&コクド)とユーミン。苗プリのマンモス化はユーミンの大衆化、売上げアップでもあった。そのピークが80年代後半であろうか。しかし、バブルの崩壊、その直後からスキー人口の低下が始まる。
90年代になるとスキーからスノボーへ。40代以下にはユーミンよりも広瀬香美やZOOの方が雪のイメージが強いであろう。若者へ常に話題を提供していたユーミンであるが、「真夏の夜の夢」、「春よ来い」あたりを最後にシングルヒットがなくなって行く。
西武王国の帝王であった堤義明にも凋落が訪れる。自ら設計した苗場スキー場には思い入れが強かったと思われるが、苗場での最後の大仕事がかぐらスキー場とを連絡する世界最長のゴンドラ「ドラゴンドラ」である。また、このネーミングはユーミンである。
苗場スキー場は今や季節営業となり、クローズされている建物もある。ネーミングもいつのまにか「Mt.Naeba 苗場スキー場」に変わっている。客足も戻っていないようだが、今の若者にかつてステータスであった苗プリに泊まってスキーをしようと言ってもピンと来ないのであろう。キング オブ スキーリゾートであった苗場。そして”ニューミュージックの女王”(このフレーズをブログで書くのは恥ずかしい)と呼ばれたユーミン。
しかし、共に時代は80年代で止まっている。苗場プリンスホテルとニューミュージックの女王。すでに昭和の遺産か?
でも昭和人の管理人はユーミンが好きだ。これからもアラフォー以上をターゲットにコツコツやって話題を提供してもらいたい。苗プリは70年代までのような、綺麗なお姉さんが集まる高級ホテルに戻ってほしいと思うが、もうそんな時代ではない。今はユーミンと同じく苗プリで育った世代をターゲットにリピートをかけるしかないかもしれない。
これからも青春時代の象徴でもあったユーミンと苗プリを見守ってゆきたい。

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