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人口激減の南大夕張でかつての三菱バス(美鉄バス)車両と再会

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廃墟の中で発見した美鉄バス(三菱バス)車両と車内 1997年撮影
先日、財政破綻後の夕張へ初めて行ったがどんでもない「お宝」を発見してしまった。上の白黒写真は1997年夕張市大夕張(鹿島地区)がダム工事で水没すると聞き、写真を撮りに行った時、廃墟のなかで発見したバス車両だ。このバスは元・三菱鉱業バスのちの美鉄バス車両で、三菱大夕張鉄道の終点があった大夕張炭山駅(S48年廃止)近くで偶然見つけたものだ。驚いたことにドアが開いており、車内へ入ると何と昭和53年のスポーツ新聞が出てきた。
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旧南部市民体育館脇に保存されている車両
三菱バスといっても初めて名前を聞く人も多いであろう。かつての三菱鉱業の炭鉱があったエリアに路線を延ばしていたバス会社で、この大夕張地区と美唄炭山の2つのエリアに拠点があった。のちに美鉄バスと改称され、大夕張地区からは1997年に撤退、美唄からも2000年頃撤退し、会社はすでに解散している。
この廃墟に埋もれていた車両の行方は気になっていたが、その後有志によって保存されていることを知った。「三菱鉱業バス保存会」が走行可能に復元をして、今は南部(南大夕張)の旧南部市民体育館駐車場に保存されていた。
管理人は最近情報をチェックしていなかったので、保存場所を知らなかったが、たまたま開いている数少ない商店(高橋酒店)でジュースを買おうと車を停めた際、すぐ脇の体育館駐車場にバスがあった。何と13年ぶりの再会である。こういったバス車両の価値を見出し、保存するというのは素晴らしい志しと思うが寄付は集まっているのであろうか。
バスが休む体育館も財政破綻の影響で閉鎖され、敷地内には南大夕張炭鉱ガス爆発事故の慰霊碑があるなど、何とも相応しい(?)場所にバスは眠っていた。
S61年まで大夕張鉄道の終点であった南部(南大夕張)は閑散としていた。新札幌(夕張方面)から来るバス(夕鉄バス)の終点だが、今は一日3本だけ。開いている商店も3,4軒といったところであった。S61年の閉山時、7千人いた南部の人口も今は6百人まで減少している。
かつての駅前には大夕張鉄道の車両が保存されている。大夕張に関しては「ふるさと大夕張」というサイトに三菱バスをはじめ、街の歴史が紹介されており、価値あるサイトなので興味がある方は見ていただきたい。すでに鹿島地区はダム工事用のトラックと資材で埋め尽くされ、どこに市街地があったのかもわからないほどで、ほとんど面影は残っていない。
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殆ど商店のシャッターは閉まり町として機能していない南部(南大夕張)

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