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北海道ローカル路線バスと秘境旅 札幌-石狩(北海道中央バス) 『石狩挽歌の町を行く 前編』

『北海道ローカル路線バスと秘境旅』、前回のてんてつバス(留萌-達布)につづく第二弾です。
石狩といえば札幌の隣に位置するベッドタウンだ。石狩町から石狩市へ昇格、最近では厚田村、浜益村を吸収し人口6万人を数えている。周辺は石狩湾新港や工業団地など近代的なイメージが強い。ここをローカル路線バスで行く秘境と書くと文句が聞こえてきそうである。
しかし、海水浴シーズンやハマナスが咲く頃などわずかなシーズンを除けば忘れられたかのように静かな街だ。公共温泉ブームに乗って大人気になった「番屋の湯」も近くにあるが、ここから僅か数百メートル中央バスの終点・石狩停留所で下車し、石狩浜へ向かって歩いてみると別の世界が開けてくる。石狩市・石狩本町が今回の目的地だ。
初めて石狩を訪れたのは1992年の5月下旬。曇り空で、肌寒い日だった。石狩へ行くバスは札幌駅ではなく、大通公園に近い中央バスターミナルから発車する。近代的な駅ビルESTAにあるターミナルではなく、長距離バスや石狩よりさらに先の雄冬方面へ行くバスが出発する中央バスターミナルは、どこか長閑で、ローカル感のあるバス乗り場だ。大きな荷物を持った浜焼けしたお婆さんなどがベンチに腰掛けて、お菓子を頬張っていた姿を覚えている。(注:中央バスターミナルは現在でも当時と雰囲気は殆ど変わっていない)。
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石狩行バスが出発する札幌・中央バスターミナル(2008年撮影)
石狩行きのバスは一日20本以上あり、日中でも1時間に1本はあるので、「秘境バス」とはいえないが多くのバスの目的地が都市部のターミナルなのに対し、こちらは全く違った光景へ運んでくれる。
赤と白に塗られたバスは札幌市内中心部を抜けて、国道231号線、通称・石狩街道を北へ進んでいく。三車線の快適な道だが、住所が札幌市から石狩町(現・石狩市)に変わるあたりから蛇行する石狩川の支流が現われてくる。次第に民家が見えなくなり、その代わりに、水産工場や大型トラックの出入りが増え、荒涼感が漂ってくる。
ちょうど景色が変わる辺りに、旧たくぎんの負の遺産である巨大温泉リゾート・テルメ(現・シャトレーゼ・ガドーキングナム・サッポロ)が右手に見えてくる。札幌市内には北のはずれ(北区東茨戸)にテルメがあり、南のはずれ(南区川沿)にはグリーンホテル(現アパホテルリゾート)があるが、土地の広い札幌市内なのでこれだけ大きなホテルが作れるのであろう。
途中、花畔(ばんなぐろ)という難読地名のバス停がある。初めてその地名を車内放送で聞き、停留所に書かれた文字と照らし合わせたが、絶対に合致しない名前であった。この先、厚田まで乗ると濃昼(ごきびる)というバス停があるが、はじめて耳にした時、「まさか」と思ったものだ。「ゴキブリ」と聴こえたからだ。
この花畔周辺に石狩市の中枢機能が集まっているが、もとは花川村と云って、これから訪ねる石狩本町とは別の町であったらしい。
石狩行きのバスはトラックがビュンビュン走る広い道を留萌方面へ進むと「3線」というバス停の先を左折する。道内の路線バスに乗っていると1線、2線、3線・・・・といった停留所名をよく聞く。だいたいが、民家が途絶え、何もないところに付けられており、「番外地」と共通するような響きである。個人宅名のバス停留所も各地にあるが、さすがに札幌周辺ではあまり聞いたことがない。
国道を左折したバスは道は急に狭くなった1車線の道を淡々と進んでいくが、暫らくすると、ぽつんぽつんと民家が増えてくる。石狩小学校を過ぎたあたりから商店と共に古い石造りの建物や廃屋などが目に飛び込むようになってくる。
ふたたび民家の数が減り、道が途絶えたところが、終点の「石狩」である。正式にはこのあたりを石狩本町と云う。札幌ターミナルからは約1時間弱で終点の短い旅だが、他の乗客は途中で降り、終点までの乗車は私一人だった。
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石狩線の終点「石狩」のバス停と石狩本町に残る石造りの建物(’92.5&’10.5撮影)
石狩へ来た目的は、ここがかつて鰊(にしん)や鮭漁で賑わった町であったことを何かで読んで知り、その名残が今でも多く残っているということを聞いたからだ。中心の石狩本町はニシン・サケなどの千石場所として日本海岸第一という繁栄をみせたところらしいが、大手出版社が出しているガイドブックには殆ど紹介されておらず、バッカパッカー向けのユースホステル発行のガイドブックなどに書かれている程度だ。そこで情報収集のため、事前に役場へ連絡をして、パンフレットを送ってもらっていた。
当時はネットもない時代なので、旅行ガイドに載っていないような場所へ行く時は役場の観光課などに連絡をすると何種類もの立派なパンフレットが贈られてきたものだ。中には立派な広報や町勢などが入っていることもあったが、有名観光地ではない役場は概ね親切で、よほどの北海道通も知らないような穴場的スポットを教えてくれたものだ。
役場に直接来てくれと言われたことも何度かあり、実際に訪問をしたこともあるが、観光案内までしていただいたこともある。北海道人の暖かいおもてなしに感激をしたもので、私の北海道贔屓の原点となっている。
「石狩」のバス停を降りると風が強い。そして寒い。それもそのはずでバス停の前は石狩川の築防になっている。反対側は石狩浜なので風が舞うようにビュービューと来る。
海までは1キロはない。ちょうどここは石狩川の河口に位置し、半島のような地形のどん詰まりに位置しているのだ。
土手を登ってみると波を打った石狩川が見える。石狩川が蛇行しながら日本海へ注ぐところに発達したのが石狩なのだ。
バス停前には『創業明治13年金太亭』と『石狩画廊』という看板があった。石狩画廊は町発行のパンフレットで前知識があり、最初はここを訪ねてみようと思っていた。『石狩』から北海道では珍しい木造の民家が多い住宅地へ入ると、看板があった「金太亭」という木造の古い立派な料亭のような店がある。この場所に料理屋があるというのも不思議にかんじたが、大変惹かれるものがあった。
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今は取り壊され自然に還っている「石狩画廊」(’92.5撮影)と130年の歴史「金太亭」
石狩を訪れた1992年当時、北原ミレイの「石狩挽歌」が静かなブームであった。私もこの曲を気に入っており、カラオケで何度か唄っていた。まさに、この歌の世界が石狩にはありそうだ。リアルな石狩挽歌の世界を探しにやって来たのも訪問の理由のひとつかもしれない。
後編へ続く

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