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北海道ローカル路線バスと秘境旅 札幌-石狩(北海道中央バス) 『石狩挽歌の町を行く 後編』

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市街地を抜け、潮騒をかんじるようになってくると白い木造建物の「石狩画廊」があった。砂丘地のような場所にポツンと建っている。画廊と云うよりは、洒落たアトリエの外観だ。
中へ入るといきなり、体格のよい海水パンツに上半身裸の男性が現れた。ここの主である渋井一夫氏である。
まず、入館料を払わされた。金額は覚えていないが、3百円ぐらいだったのではないか。同時にコーヒーが出されたがちょうどコーヒー代ということかもしれない。
5月も終わりというのに肌寒く、ストーブが焚かれている。渋井氏はちょうど創作中であったようだが、いきなり絵の説明を始めた。石狩浜の風景やフランスの街並、その中に東郷青児の作品に出てきそうな女性も描かれ、キャンパスには渋井氏の詩が直に書かれている。
誰もいない砂丘にあるアトリエで、初対面の画伯とはふたりだけ、時間を長くかんじた。
私が作品を眺めていると、「君みたいな人がよく来るんだよ」と話しかけてきた。「君みたいな人」とはどういう人であろうか。勝手に決めないでほしい。
私はじっと作品を見ていたので(本当は居場所がなかった)、購入するとでも思ったのであろうか。
「帰ります」と告げると「帰っちゃうの」と言われで残念そうな顔で、送り出された。
意外に人なつっこい方であったかもしれない。
この渋井一夫氏は30代で銀行を退職し、昭和37年からこの石狩浜に居を構え、1年中、裸で創作している画家であった。誰もいない砂浜の傍で、ひとり暮らしているので、孤高の人かと思ったが、けっこう人間臭い印象を受けた。
画廊を出ると、石狩浜の灯台に向かって歩くことにした。風が強い。誰もいない。石狩浜(日本海)は波立っている。「石狩挽歌」のメロディが駆け巡る。
灯台は道のどん詰まりにあった。もう少し経てば周囲はハマナスの花で覆われるらしいがまだその気配はない。それでも紫色をした花が砂から顔を出していた。
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ここ石狩灯台は木下恵介監督の名作・「喜びも悲しみも幾く年月」のロケ地になっている。燈台守の家族の一生を描いた映画で、テレビで見たことがある。パンフレットを読み、灯台を眺めていると、今度は「石狩挽歌」に変わって、映画と同タイトルの曲が浮かんできた。
♪おいら岬の 灯台守は~ 妻とふたりぃでぇ♪
当時、懐メロ番組によく出演していた若山彰の代表歌である。威勢がいいイントロから始まるが、次第に哀調を帯びたメロディに変わってゆく昭和の名曲中の名曲である。
石狩灯台周辺は散策路になっており、海が目の前の河口口まで歩けたが、石狩川の築堤の上を歩きながら石狩のバス停に戻ることにした。バス停までは民家はない。朽ち果てた漁船やバスが放置されている。戻るとバスが早々と折り返し場で待機していた。出発まで時間があったが身体が冷えてしまい、温かい缶コーヒーを販売機で買い、バスに乗せてもらった。
帰りの札幌行きのバスも始発の「石狩」から乗る人はいなかった。
それから石狩浜へはクルマで何度か訪れた。
ハマナスの咲く時期もいいが、丸い実をつける9月もよい。そして、何よりも静寂に包まれた真冬がよかった。12月、年賀状用に、真冬の灯台の写真を撮りたく、東京からわざわざ出かけたことがある。道路が悪く、途中でレンタカーを置き、1992年と同じ道を歩いて灯台まで行った。寒いが、ひと一人いない中、歩く開放感がたまらなかった。
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その後、石狩は随分と変貌を遂げた。
1996年には公共温泉の「番屋の湯」が開業。灯台周辺もビジターセンターとはまなすの丘公園として整備されている。明治13年創業の「金大亭」は現在も営業を続けている。ここは創業130年の歴史がある石狩鍋発祥の店であり、建物や店内にある資料など文化財級のものだ。大昔は石狩に多くの芸者も居たらしく、まさに「石狩挽歌」の場所だ。
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私が最初に訪問したのは1997年であったが、コースの予約のみの受付でフリーだと料理が用意できないということで断るそうだが石狩鍋だけであれば出せるというので頂戴をした。老舗の名店にも関わらず、料金は庶民的、女将さんも素朴で、親切な方であった。ひとりで賄っているので予約のみらしい。
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そして、石狩画廊はすでにない。渋井画伯は平成8年1月に亡くなられた。画廊内で倒れているところを朝発見されたらしい。
2010年5月、「石狩」行き路線バス乗車から18年が経過したが、ふたたび同じバスで石狩浜を訪れてみることにした。
前回と同じく、そこそこ乗っていた乗客も最後はひとりになってしまった。石狩の町は整備され、本町自体だいぶ観光化されたが、終点の「石狩」バス停はそのままだった。
石造りのシェルターのような待合所、裏手の石造りの倉庫も変わっていない。時が止まっていた。「金大亭」の看板も錆付いて、そのままあった。
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すっかり整備された灯台の前にある観光センターへ足を運んでみた。ちょうどこの日は18年前と同じようなどんよりした薄ら寒い、風が強い日だった。2階の展望台へ昇ると、石狩画廊の渋井一夫展をやっていた。あの時以来の再会である。じっくり絵を眺めてみた。殆ど作品は記憶に残っていなかったが、イメージは強烈に焼き付いている。
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何でこの場所で、絵を描き続けたのであろうか。
「君みたい人が来る」。渋井画伯の言葉を思い出した。主はいなくなったがまた来てしまった。どういう人が君みたいな人なのか聞いてみたかった。
バス停へ戻った。思っていたほど石狩は変わっていなかった。ここは観光地かもしれないが、路線バスで降り、歩いてみれば何も変わっていない。クルマで来る時と印象は随分違うものだ。これが路線バスの面白いところであろうか。
石狩は札幌から距離が近い割にはアクセスが悪い。石狩に秘境感が残っているのは鉄道が通っていないことも関係しているかもしれない。昭和30年代までは悪路のため、馬そりが専用バスを轢いて走っていたらしいが以前からモノレール建設の話があっても実現には至っていない。
鉄道が昔からなく、バスのみというのが石狩の秘境感を醸成しているのかもしれない。
また、石狩河口橋が出来るまでは、231号線が石狩川で中断され、石狩より先、厚田・浜益方面へはフェリーに乗らなくてはならず、手前の石狩がどん詰まりのようになっていた。そういった地勢や交通の特殊性も影響していたかもしれない。
札幌中央バスターミナル発石狩行き、ここへ行け当分は「石狩挽歌」をリアルに感じることができそうだ。
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