*

北海道ローカル路線バスと秘境旅 寿都-島牧・栄浜(ニセコバス)前編

Photo0017.JPG
Photo0014.JPG
今は取り壊された寿都劇場と島牧・原歌バス停(島牧へ行くバスの半分は原歌止まり)写真は1992年のもの
1992年の秋以来、18年ぶりに寿都ターミナルから島牧・栄浜行き路線バスに乗車した。寿都の町はだいぶ整備されていた。小さな町を歩くと、かつて「寿都劇場」という古い劇場があったがすでに取り壊されているようであった。
寿都ターミナルから乗客7人を乗せて、定刻13時25分にニセコバスは出発した。方向幕には行き先が出ておらず、真っ白けの状態。フロントガラスの下に小さく「栄浜行き」と書かれたボードが置かれていたが、知らない人はわからないであろう。推測だが、親会社の北海道中央バスのお下がりバスで、そのまま直さずに使っているのではないか。
バスはすぐに海岸線に出た。天気に恵まれれば紺碧の日本海が素晴らしいが、この日は小雨で風も強い。弁慶岬の近くにある風車も勢いよくまわっている。この日本海沿いには風車が多いが、景観的に楽しませてくれて、野外美術館のオブジェのようだ。
バスは何もない海岸線を走り、約30分走ると島牧村へ入ってゆく。病院と買い物帰りと思しき人が下車してゆく。路線バスで訪れる18年ぶりの島牧。相変わらず人を見かけない。海岸線にへばりつくように民家が並んでいるが、皆、どこにいるのであろうか。ひっそり静まりかえっている島牧村である。
Photo0009.JPG
Photo0016.JPG
島牧を代表する観光スポット 賀老の滝と茂津多岬
北海道でいちばん「秘境」という言葉が似合う市町村はどこであろうか?
「秘湯」という言葉もそうであるが、「秘」と付く限り、隠れた魅力がなくてはならない。何もない山奥では「秘境」と云わず、単なる田舎だ。素材が豊かで観光的な魅力もある-且つ、荒らされておらず、あまり知られていない。知る人ぞ知るといったような場所が「秘境」の重要なファクターと考える。
さらにアクセスの悪さというのも重要だ。簡単には辿り着けない場所でなくてはならない。都市部から時間がかかる。公共交通が不便。道路もよくなく、途中で途切れる。危険な場所でもある。そのあたりも「秘境」の条件ではないか。これらの要素に当てはまりそうな場所-それが島牧村である。
島牧村が秘境たる所以は、海岸をクルマで通過すれば一見何もないように見えるが、知れば知るほど、奥に行けばいくほど何でもあり、素材の宝庫とでもいえる奥深さが「秘境」という言葉にピッタリだと思ったからだ。
たとえば、国道229号線(通称・追分ソーランライン)沿いにある道の駅「よってけ島牧」から林道を十数キロ入り、さらに20分ほど歩くと道内最大の滝つぼ「賀老の滝」がある。ここは高さ70メートル、幅40メートルもあり、真下まで行くことができるので、迫力はなかなかのものだ。
さらに山を奥へ進めば狩場山があり、ここは8月上旬まで残雪があるお花畑が有名だ。
大雪山系も顔負けの大自然があるが、狩場山までの往復には7時間はかかる。この他、沢をよじ登り、道なき道を行く幻の沼「スナフジ沼」や謎の鍾乳洞、そして泉質が異なる鄙びた温泉宿が点在している。
野営の露天風呂もいくつかあるが、悪路で道が途絶える、徒歩限定、さらにヒグマが多い地域なので簡単に人を寄せ付けない。そこが島牧を秘境といった所以である。人口2千人弱の小村に、秘境エッセンスが詰まっているといえる。
また、交通の便が恐ろしく悪い。勿論、鉄道は昔から通っていない。札幌から行く場合、都市間高速バスで岩内ターミナル行きに乗車、岩内で寿都行きの路線バスに乗り換える。さらにそこから栄浜行きのバスに乗車。つまり3本のバスに乗る。乗り換え時間を含めなくても、乗車時間は約5時間近くかかり、丸一日の旅である。
島牧へ行くもうひとつのルートは、JR函館本線の黒松内から入るコースだ。黒松内駅(または長万部駅)から寿都行きの路線バスに乗車、寿都からは前述の栄浜行きに乗り換える。こちらは本数が一日に3,4本。それに黒松内まで行くのが大変である。札幌からJRで行く場合、一日2本の「ニセコライナー」に乗車すると黒松内までの所要時間は3時間半以上。当日中に島牧に着けるかどうかも怪しくなってくる。
%E2%80%9910.07Hokkaido%20065.jpg
%E2%80%9910.07Hokkaido%20071.jpg
函館本線黒松内駅 ここから寿都へ向かうバスは一日5本 無人化され閑散とした駅舎内
この黒松内から寿都まではかつて鉄道が走っていた。寿都鉄道という。昔から人口が少ないこの地域に私鉄が走っていたこと自体が信じられないが、この鉄道の興味深いところは寿都で採れたニシンや鉱石などを運ぶ目的で作られたことだ。
北海道の私鉄の多くは炭鉱鉄道や殖民鉄道であり、ニシン長者が寿都の特産品を輸送するために線路を敷いたこの鉄道は異例ともいえる。北海道の近代史(産業交通史)の上でも興味深い鉄道である。
鉄道が開業をした1920年はニシン漁が真っ盛りの頃、寿都鉄道はさらに岩内まで路線を延ばす計画があったという。
1968年、大雨による河川増水で路盤が流出し、そのまま廃止に追い込まれているが、廃止間際まで開拓時代を思わせる米国ボールドウィン社のSLが明治30年代の客車を牽引して走っていた。当時でも車歴60年から70年の車両が走っていたのだから、さぞや走る鉄道博物館であったであろう。
この寿都鉄道、車両などは保存されていないが、橋脚や線路瘢痕と思しき場所はかなり残っているので、そちらの趣味がある方は是非、訪ねていただきたい。
1992年秋、札幌-小樽-寿都-栄浜間をJRと路線バス2本を乗り継ぎ、終点の栄浜まで行き、宿泊をした。丸一日かけてバスを乗り継いだ思い出深い旅であった。今回、路線バスで18年ぶりに栄浜を訪ねたが、当時の旅をふりかってみたい。
札幌から岩内までは北海道中央バスの高速都市間バスが頻繁に走っている。2010年現在一日16往復ある。人口1万5千人たらずの町にこれほどバスが走っているのが不思議であるが、途中、小樽駅や余市駅を経由して行く。途中下車客が多いようで岩内までは大変便利である。
国鉄岩内線(小沢-岩内間 昭和60年廃止)の跡地が大きなターミナルになっている。岩内は昭和29年の洞爺丸台風の際に発生した岩内大火により、町の大半が焼失。そのせいか町全体が毅然と整備されている。
また、すし屋が多いことで有名だ。数年前にバスターミナル傍のすし屋に訪れたが、ネタは上々。しかし、ワサビの量が半端ではなく、涙が止まらなくなった。ビールで流し込んだが、意地悪でもされたのであろうか。
岩内には、有島武郎の小説「生まれ出づる悩み」のモデルとなった画家・木田銀次郎の美術館がある。私はその存在を知らなかったが、彼の美術館がバスターミナル近くにある。有島と木田との出会いとその後はふたりの作品を知らなくても引き寄せられる話なので訪ねる価値がある。
2本目のバス、寿都行きは岩内から*ニセコバスに乗り換える(*1992年当時は中央バスが運行)。ニセコバスは中央バスの子会社だがニセコ地区以外にも島牧・黒松内・長万部方面まで路線を伸ばしている。(*2008年まで小樽駅から寿都までの直通バスがあったが、現在は廃止されており、乗り換えの手間が増えるようになっている)。
sakae018.jpg
旅芝居公演があった「ホテル雷電」 今は廃業している
岩内を出たバスは街中を抜け、あまり広くない海岸線の道路を進んでいく。暫く走り、トンネルとトンネルの間に*雷電温泉入口バス停がある。高台にある温泉ホテルでは旅芝居の長期公演が行われているたしく、バス停には看板が掲げられていた。岩内からもだいぶ離れた何もない温泉地で1ヶ月以上も公演するのはどんな気分なのであろうか。
当時、梅沢劇団が脚光を浴びていた時期だが、座長芝居は1~2ヶ月ごとに道内温泉地の場所を変えて、巡業をしてゆく。巡業地の多くが規模が大きな温泉地であったが、なぜか秘湯の趣さえある雷電温泉に小屋がかかっていた。(*雷電温泉はその後、閉館が相次ぎ現在は一軒のみ営業。勿論、旅芝居も見れなくなった)
また、電気も通っていない秘湯、朝日温泉も近くにあり、「朝日温泉入口」バス停から登ってゆく。
バスは寿都へ向かってゆく。
後編へつづく

 - すべての記事一覧, 北海道ローカル路線バスと秘境旅