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味のある辺境地路線バスの廃止が相次ぐ(1) 釧路・布伏内(雄別炭鉱)線

このところ乗合路線バスの縮小が進んでおり、路線廃止・減便など地方を取り巻く、路線バスの状況は一層の厳しさを増している。最近になって、廃止(乗合タクシーへの変更など)が決定した管理人お気入りで、乗車経験をした路線もあるので紹介をしたい。
釧路-布伏内(旧阿寒町)を結ぶ阿寒バスが11月いっぱいで路線運行が廃止され、乗合タクシーに変更されることになった。
釧路新聞記事によると、12月1日から阿寒本町-布伏内間で乗合タクシーを導入するし、これに伴い、現行のバス路線「布伏内線」を廃止して、市立釧路総合病院から阿寒病院までの「阿寒病院線」(仮称)を運行。同タクシーに接続する。2008年から始まった同協議会の議論では、12年に乗合タクシーを導入する計画だったが、昨年9月から4カ月間行った実証実験で成果が上がったことなどから導入時期を早めた。
布伏内線と云っても、殆どの方が知ないであろうが、旧雄別炭鉱鉄道の痕を辿るルートで、かつては人口1万数千人の炭鉱町まで1時間をかけて、釧路駅から気動車で結ばれていた。現在の終点・布伏内(バス停名は真澄町)は鉄道時代の名残の名称だ。炭鉱があった終点・炭山駅は1,2キロ先だが今は自然に還っており、人が住んでいるのはこの真澄町までである。

管理人は雄別炭鉱跡見学に3回ほど訪れているが、1度だけ路線バス(秘境路線バス)に乗車した。かつては鉄道を引継いだ雄鉄バスという会社がもう少し奥まで運行していたようだが、今は阿寒バスが1日4,5往復している。途中、観光ルートの国道から別れると、客はいなくなり、周囲も寂しくなってくる。

終点の布伏内には炭住が残っている。道路を挟んで左側はすべては廃墟、鉄筋の立派な文化住宅であったようだが、現在では鉄骨がむき出し、哀れな姿を曝している。右側は少し新しい炭住が並んでいる。実は管理人、全く人気もなく、こちらも廃墟だと思い、団地内でカメラを構えていたところ、突然、「人ん家で勝手に写真とるんだねぇ」と2階から大きな声で怒鳴られたことがある。よく見ると、空家が殆どだが生活されている家もあった。失礼なことをした。
これは2008年10月のことだが、この時終点までのバス利用者がゼロであった。今年5月に訪問をした南大夕張の南部も共通するものがあったが、こちらは商店が1,2軒あった。しかし、布伏内には商店どころか人影、クルマも止まっていなかった。てんてつバスの終点・達布や空知の万字炭鉱終点(郵便局前)でも1軒だけ商店があったので、かなりの寂れ具合だ。

この路線、途中の阿寒町までは阿寒湖行きバスと同じ国道240号線(通称・まりも国道)を通るが、阿寒町から布伏内までの15分間が「秘境バス」の味わいだ。利用状況から見て、よくこれまで持ったとも思えるが、雄別・布伏内地区は産業遺産としても、価値があるエリアなので11月30日の廃止まで、興味がある方は乗車したいただきたい。

なお、旧雄別炭鉱の遺構が残るエリアは、途中からダート道になり、通行止めになっているはずである。ヒグマの生息地なので、炭鉱痕を見に行きたい方は自己責任で行っていただきたい。
【参考】釧路-布伏内線バス時刻表(阿寒バスホームページ)
雄別の歴史」(個人サイト *秀逸です)
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雄鉄バス「雄別の歴史」様サイトより 昭和44年頃の写真との説明あり

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