*

12月4日 東北新幹線全通 懐かしの青森行急行列車と「421鈍行」

 

Photo0007

東北新幹線が新青森まで全通した。当初の計画からは38年かかったが、整備計画が決定した1972年(昭和47年)当時は上野から青森まで最速の特急「はつかり」でも8時間半程度はかかった。異国のように遠くかんじた青森が今や高崎や宇都宮へ行く感覚になった。

かつて、青森までの移動といえば夜行が主流。特急に乗るなどはかなり贅沢な印象であった。青森までの夜行の代表といえば、東北本線を走破する急行「八甲田」、常磐線経由の「十和田」、また 福島から奥羽本線経由で向かう急行「津軽」が有名で、どちらも1990年代の半ばまで現役で活躍した。

特に、急行「津軽」は”出世列車”と呼ばれ、長く愛された列車だ。高度成長期、土産をいっぱいぶら下げて、「津軽」で帰郷するのがステータスだったようである。特にグリーン車での里帰りは、成功の証であり、帰省時期はまっ先に売り切れたようだ。来年、「はやぶさ」にグリーン車よりも上の「グランクラス」が登場するが、昔であったらいちばん先に売れたことであろう。

同じ頃、上野-青森間を奥羽本線経由で約24時間かけて走る鈍行列車があった。「421列車」といって、子供ながらもその列車名は強烈に覚えている。上野を22時台に出発するが、「津軽」が先発であり、その後を追うように発車する。

真偽のほどはわからないが、「津軽」が出世列車なのに対して、「421列車」は鈍行で青森到着も深夜。421の客は訳アリの客が多く、午前中に到着する「津軽」に対して、夜遅い時間帯に隠れるように故郷へ戻る人が乗る列車だと同級生の鉄道ファンが自慢げに語ってくれた思い出がある。

その421列車は東北新幹線の整備計画が決まった1972年に上野-青森間が廃止された。チョコレート色の旧型客車で丸々24時間かかる列車は当時でも超レアであったが、乗りたいとは思わなかった。子供ながらも侘しさが伝わってきたものだ。

 

それから38年が経過。青森は訪れる度に変貌する。実際の距離だけではなく、そこに暮らす人々の暮らしや言葉から遠い、遠い場所とかんじたが今では首都圏の延長である。津軽便も加速度的に標準語化しており、青森へ来た実感が薄れるようになってきた。吉幾三や千昌夫の歌の世界ではなくなった。

便利になれば地方色も薄れる。しかし、青森(東北)の人には自分たちの文化・アイデンティティに誇りを持ち、大事にしていただきたいと思う。九州や西日本と較べると、東北はこの部分が弱い気がするからだ。「おらさ東京さ行くさ」の時代ではない。

 

youtubeから「ああ青森」という歌を貼り付けた。青森駅のホームアナウンスが入って連絡船時代を思い出させてくれる演歌だ。唄う平川幸男は、吉本のWヤングの片割れ。大好きな漫才師で、相当な御年だが、舞台ところ狭しと動き回り、相方にブチュっとやるのが定番ギャグ。

 - すべての記事一覧, 地域(函館・青森・道南)