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鶴丸復活の影でエアバスA300が引退  まもまくJALから旧JAS機が消える

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左からA300のテレホンカードとおもちゃ(共に1994年頃購入したもの)

日本航空の青森-東京線で活躍してきたエアバスA300-600R型機が28日、同線で最後の運航を行った。燃費効率が良い小型機への切り替えの一環で、日本航空の同機は3月末までに全て退役する。青森空港では空港職員らが「思い出ずっぱど、ありがとう」と書かれた横断幕を手にラストフライトを見送った。(3/1付 東奥日報

このところJAL機に関する話題が多い。2月いっぱいでB747ジャンボジェットが引退。また、シンボルマークであった「鶴丸」が復活することとなり、昨日28日に羽田から釧路までデモフライトが行われた。

そんな中、28日は東京-青森線のほか、札幌線、帯広線、大分線など多くの路線からエアバスA300-600Rが姿を消した。A300は1981年当時に東亜国内航空が導入したA300-B2&4の後継機として1991年に日本エアシステムが購入。JAS国内線幹線の主力機として活躍し、日本航空へ統合後も国内各地へ就航をしていた。ハイテク機のはしりであるが、JALの経営再建による機材小型化に伴い、3月いっぱいで完全引退することになった。

管理人はこの機材には大変お世話になっている。JASでは羽田と北海道(札幌、旭川、帯広、釧路、女満別)を結ぶ便すべてにA300を投入していた。米国製の飛行機とは客室内のつくりがかなり異なり、個性的な印象であった。当初は客室乗務員が「本日はヨーロピアンエアバスにご搭乗いただきましてありがとうございます」とわざわざ「ヨーロピアン」を強調したアナウンスが入ったものだ。当時、国内でエアバスを導入しているのはJASだけであったので欧州発がウリであったのであろう。

JASはJALやANAと比べ規模も小さく、A300の保有数も限られているので、だいたいの機長の名前も覚えてしまったものだ。今日の機長は岡本さんなので着陸は上手いから安心だというかんじで、とても親しみがある航空機であった。

A300-600Rは3月26日の東京鹿児島便(1878便)を最後に引退をする。旧JAS機では前述のA300-B2&4とMD87と81が既に引退、黒沢明デザインで話題となったMD90も2012年で引退が決まっており、まもなくJAS機材は日本航空からすべて消えることとなる。

なお、JALツアーの「旬感旅行」ではA300の引退を記念したツアーを催行している。また、東京-旭川線では1100便と1103便が3月26日まで定期便として最後の活躍をする。

 

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座席のカラーがいかにもヨーロッパ的 いまだにA300にはJASロゴが残っている

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