「青森・函館フリーきっぷ」で寝台特急「あけぼの」乗車
2008年05月21日掲載
青森県内の大部分と函館エリア(森まで)が乗り放題の「青森・函館フリーきっぷ」を購入して、寝台特急「あけぼの」に乗車した。東京発29,100円で7日間有効、新幹線乗継以外にも寝台特急「あけぼの」のB寝台個室が乗れるのがミソだ。「北斗星」は乗車できないが、「あけぼの」で青森まで行くと2万はかかるのでかなりお得感はある。
今回は久しぶりの旅行だが、出発前日の夜に購入した”衝動買い”であった。希望のB寝台ソロは、みどりの窓口の端末で残席26と表示されており、5月の平日のせいか空いていた。
ほろ酔い加減で、これまで何十回と北斗星でお世話になっている上野駅13番線ホームへ。駅の表示板に「寝台特急 あけぼの21:45分発 青森行 8両」と出ており、いつのまにこんな短い編成になったのか、現実を見せられたかんじでショックであった。
「あけぼの」乗車は3年ぶり6回目だが、「北斗星」乗車が圧倒的に多いせいかホームの雰囲気に違和感をかんじた。どこが違うかといえば、北斗星は観光客、グループが多く、華やいだ雰囲気であるが、あけぼのの場合、グループ客が少なく、いかにも故郷へ向かうといった雰囲気の人が多い。若い女性が意外に多いのには驚いたが、いかにも秋田から津軽あたりに多い色白で彫が深いその地方独特の顔立ちの人が目立つ。生活に密着しているかんじだ。
もともと夜行列車はそういった存在。最近ではその座を夜行高速バスに奪われたが、女性専用車や寝台料金の要らない「ゴロントシート」もそこそこ乗車している。全体で50~60%といったところか。ホームの光景を見て、久しぶりに昔ながらの夜行列車、懐かしい上野駅を見た感じだ。こういう夜汽車の旅愁もこの「あけぼの」ぐらいでなかろうか。
それにしてもベッドが線路方向の縦型個室は狭い。「あけぼの」の下段は初めてだったが、枕木に方向の横型個室(北斗星など)の方が居住空間がある。下段の入口など写真を見ていただければわかるが、冷凍倉庫の入口のようである。
また、停車回数が多く、止まる度にガックン、ガックンの衝撃のため、眠れなかった。最近の機関士の腕は落ちているのであろうか。それとも電気機関車や客車の老朽化のせいか。
約11時間揺られて、寝不足のまま弘前で降りた。
「白い恋人」が長く愛されたワケは
2008年05月20日掲載
石屋製菓がチョコレート菓子「白い恋人」の販売を再開して22日で半年となる。賞味期限偽装を招いた反省から、法令順守(コンプライアンス)の体制を強めながら品薄感解消に躍起となった半年だった。2008年4月期連結決算では、1976年に「白い恋人」を発売して以降、初の赤字となる見通しだが、量産体制は徐々に整い、販売も回復の度合いを強めている。(5/18付読売新聞)
石屋製菓の場合、赤福ような悪質さがなく、何より銀行をはじめとした支援体制がしっかりしていたので最小限の損害で済んだようだ。石水前社長は、白い恋人を赤福のような長く愛される菓子にしようと、赤福のビジネスモデルを参考にしていたようだが、皮肉にも本家の方がこけてしまった。石屋製菓が運営する「小樽出抜小路」も伊勢にある赤福の「おかげ横丁」からヒントを得たのではないか。
ところで白い恋人はアジア系観光客に人気がある。それほど美味しい訳でもないのに大量に購入する。北海道旅行へ行ってきた証、お土産で配る時のステータスなのだろうか。
管理人はこれほどまで定番化した理由にはネーミングの上手さがあると思う。白い恋人と聞くと、グルノーブル五輪(68年)のテーマソング「白い恋人たち」(フランシス・レイ)を連想するが、北海道=雪=ロマンチックといった図式が成立する。それまで定番であった「山親爺」や「わかさいも」、「バター飴」よりも女性的で購買意欲をくすぐる。最近人気のある「はまなすの恋」(北菓楼)もその流れを汲むネーミングで響きがいい。
お土産にはネーミングを始めとしたイメージづくりが重要だとあらためて思う。
夏は涼しい釧路でロングステイはいかが 管理人が薦める都市型滞在観光
2008年05月18日掲載
釧路で夏を過ごしては――。釧路市は長期滞在者の受け入れ拡大へ、市内の12のホテル・旅館を組織化した。例年、避暑などを目的に道外から市役所に長期滞在向きのホテルや旅館の情報を求める電話が少なくないため情報を集約。滞在希望者の要望に細かく応える態勢を整え、道外からの滞在者増を狙う。(5/17付け日経新聞)長期滞在というと田舎暮らしのイメージがあるが、釧路市では、受け入れに積極的な市街地のホテルが10ヶ所、合併した阿寒湖(旧阿寒町)のホテルが2ヶ所参加して、「涼しい釧路で避暑生活 ホテル・旅館部会」を立ち上げた。
温暖化とはいえ夏の釧路は北海道でもっと涼しい地域のひとつ。霧が多く(最近は減っている)、晴天日がやや少ないのが難だが、暑さが苦手な人には最適な場所である。
管理人は釧路が好きなので1993年の夏に釧路市内のウイークリーマンションを借りて、10日間滞在をしたことがある。その後も何度か3泊、4泊程度はしており、避暑も兼ねて過ごしている。釧路市は湿原などを除いて観光スポットは少ないが、釧路湿原以外でも阿寒湖・屈斜路湖・摩周湖といったおなじみの観光地や温泉などが多くあり、クルマで1~2時間の距離にある。
何より観光地に行かなくても市街地を抜ければ自然が待っており、ノンビリしたい人は、あえて観光地に行く必要もないであろう。管理人は釧路市から海岸線を通り、昆布盛漁港・尻羽岬へ行く北太平洋シーサイドラインがお気に入りだ。
長期滞在から15年が経過するが、それがきっかけとなって今でも年に1回は釧路を訪れている。ロングステイは何もない田舎もいいが、移動や食事などに自由が利く都市部をベースキャンプに気まままに出歩いた方が飽きがこないような気がする。
現在、北海道旅行の平均日数が2泊3日だが、3日間でもいいので連泊をオススメしたい。マチを知り、人を知ることで、その地域に愛着が湧いてくる。周遊移動型の旅もいいが、一ヶ所に滞在して極めるというのはいかがであろうか。
【参考】「私の滞在型観光記-釧路10日間-」 日記編はこちら
欧州でハワイブーム、北海道観光が参考にすべきこと
2008年05月17日掲載
ガソリン価格の高騰などで米国各地で観光客が減少する中、今年1―3月期のハワイへの観光客は前年同期比2・8%増加、約190万人に上ったことがハワイ州当局のまとめで分かった。13日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルが報じた。
ハワイへ訪れる日本人や米国人は減少傾向だが、代わりに増えているのが英国、フランス、ドイツなどの欧州勢である。欧州からハワイは大海を2つ越えなければならないので当然遠い。その分、欧州人からみれば魅力的に映るようだ。
実際、ヨーロッパの人に訊くと「一生に一度はハワイへ行ってみたい」といったことを言う人が多い。日本人から見れば大西洋のカナリア諸島やマジョルカといったところか。
現在、ユーロ高とドル安、長期に亘る経済成長で欧州全体が豊かになっている。これまで費用がかかったハワイもそれほど高いものではなくなった。日本でも最近、欧州人の姿が目立つ。英・仏・独・伊などのメジャー国以外でもスペインやポルトガル、ギリシャ、中欧のチェコやポーランドなど多岐にわたっており、聞いたことがない言葉を街で耳にする。
欧州人に限らず、グローバル化による富裕層の出現や全体が底上げされたことで旅の行動範囲が広がった。そう考えると北海道観光も「ポストアジア・豪州」としてそれ以外の国からの集客に力を入れなければならない。
欧州は勿論のこと、経済成長が著しいブラジルやインド、ロシアなどは重要なターゲットである。欧州人からみても北海道の観光資源は魅力的であり、雪の降らないブラジルやインドの人たちにとってなお更だ。
欧州からはハワイへ行くより、北海道へ行った方が早い。以前、新千歳からアムスまでのKLM直行便は最短ルートであった。ロシアからならあっという間である。
旅行のグローバル化はますます進んで行くであろうが、中国人観光客など取り合いも激しくなる。北海道観光は、もう少し世界へ目を向けた方がいいかもしれない。
来道観光客動態調査、満足度の1位はルスツだそうだ
2008年05月16日掲載
道が14日発表した2007年度の来道観光客動態調査によると、国内から道への観光客の32.9%が5回目以上のリピーターだった。前回調査の02年度の29.4%から上昇した。観光地や宿泊施設などの満足度も軒並み80%を超えるなど、道内観光が好印象を与えていることがうかがえる。道はリピーターに加え新規の来道者も増やしたい考えだ。(5/15日付け日経新聞)
訪問客数が多いのは札幌、旭川、小樽、函館、富良野の順番である。前回(2004年)2位だった小樽は旭川に逆転され、知床は7位である。
訪問地の満足度ではルスツが1位、2位えりも3位利尻礼文の順であるが、何が満足度の基準になっているのかはっきりしない点も多い。
また、1人が1日に使うお金は、個人旅行の場合、1万5千円であり、60代が1万7300円と最高だった。
滞在日数は平均2泊3日であり、旅の短縮化が進んでいるようである。
【参考】来道観光客動態調査書のPDF(200ページ近くあります)
これは最安値か?「東京⇔小樽エコノミーきっぷ」は8,900円
2008年05月14日掲載
新日本海フェリーのHPに「東京⇔小樽エコノミーきっぷ」なるものを発見した。最近流行のフェリーに高速バスを絡めたものだが、8,900円という価格は「青春18きっぷ」などを除けば首都圏-北海道の最安値きっぷではないであろうか(期間限定)。
ちなみにコースは池袋駅発着。【北海道方面】池袋駅発23:35 - 高速バス - 新潟駅前4:07 - 路線バス - 新潟港10:30 - フェリー - 小樽港 翌日4:30着。【東京方面】小樽港10:30 - フェリー - 新潟港 翌日6:00 - 路線バス - 新潟駅前7:05 - 高速バス - 池袋駅12:20着。(*高速バスはこれ以外の便も利用できる)
同様なチケットとしては、商船三井フェリーを使う「パシフィック・ストーリー」(東京・札幌連絡きっぷ)があり、こちらは9,900円で北海道へ行く場合のルートは、東京駅発14:00 - バス高速みと号 - 水戸駅16:32 - 路線バス - 大洗18:30 - フェリーさんふらわあ - 苫小牧 翌日13:30 - 中央バス高速とまこまい号 - 札幌駅15:45着である。(*東京-水戸間の高速バスはこれ以外の便も利用できる)
新日本海F、商船三井Fどちらも所要時間はあまり変わらないが、小樽コースは高速バス乗車が1回なのに対して、苫小牧コースは2回乗らなくてはならない。その分、千円高いのであろうか。また、小樽コースの北海道方面は最速だと2夜行になるのでかなりきつそうだ。
どちらにしても体力(若さ)と時間がある人向けの格安きっぷである。苫小牧コースは札幌でウトロ行きを当日乗継(夜行)すれば割引となり、知床へも格安で行ける。また、当日、空室があり、追加料金を払えば上等客室にも乗れるので使い方次第では面白そうだ。なお、新日本海フェリーのきっぷでは、舞鶴港を利用する大阪発着コース(9,200円)もある。
【参考】「東京⇔小樽エコノミーきっぷ」のページ
【参考】「パシフィック・ストーリー】のページ
毎日新聞が道内の夕刊を廃止、夕刊の存在意義とは?
毎日新聞社が道内での夕刊発行を8月末でやめることについて、同社北海道支社は13日付の紙面で正式発表する。(5/13付け朝日新聞より)
毎日新聞の北海道版に関しては、かねてからいろいろな噂があった。現在、道内で夕刊は札幌圏を中心に旭川、小樽、室蘭などで発行されているが、発行部数が今年3月で約1万4千部(ABC協会調べ)、2006年と比べて約4800部減少している。
ちなみに毎日新聞の朝刊は約6万8千部、道新が約120万部なのでそれと比べると少なさがわかるであろう。また、夕刊紙で比較すると道内地方紙の十勝毎日新聞が約9万部、それと比較しても6分の1以下である。
毎日新聞webサイト「大盛り北海道」はよく見るが、ニュースボリュームは少なく、手薄なことがわかる。夕刊に関しては、東京版でも読み出がなく、広告収入を考えるとよくここまで持たせたというかんじである。広大な北海道で輸送費や配達委託費だけでもバカにならない。撤退はいたし方ないことであろう。
読売や朝日でさえもガリバー道新の前には太刀打ちできない。まして、新聞全体の売り上げが落ちて、道新でも夕刊はかなり部数を減らしている。産経はだいぶ前に夕刊を廃止したが、webが発達した現在、夕刊そのものの存在意義が問われる時代かもしれない。
公共の宿、ただ売ればいいというもんじゃない
2008年05月12日掲載
先日の本ブログで上川支庁にあった公共の宿K(道関連の施設)が、民間のM(温泉ホテルを複数展開)へ売却されたことを書いた。
実は、このニュースに関して投稿があった。この施設は、Mに超破格(40万円~80万円)で売却されたという。 数百万円の重機なども含めた売却価格のようで、競売にもかけられず非公開のうちに売却されたいう情報だ(確証はありません)。
最近、公共の宿の施設売却、特に道や健保・年金関連運営のものが多いが、中には惜しい施設がいくつもある。また、売却への経緯が不透明なものもある。ただ、闇雲に「努力していますよ」というポーズで処分すればいいという問題ではないのではいか。
本体の問題は別にして、施設が赤字なのは、施設に魅力がなく、経営努力が足りないということもある。売却する施設の中には黒字のものも含まれているが、儲かっている施設まで処分する必要があるであろうか。やり方を変えれば充分に集客できる施設はいくつもあると思う。
安く売るのは勝手だが、これでは閉店セールの在庫一掃叩き売りと一緒である。これらの施設の多くは税金によって建てられている。それらを二束三文で売却してしまうのは納税者へ対する裏切りでもある。
これまで知らなかった北海道がわかる 「北海道の歴史がわかる本」
2008年05月11日掲載
管理人は北海道の人たちがどこから来たのか(移民)興味があり、よく尋ねるが、一部の人を除いてあまり自分たちのルーツに興味を示さないような気がする。既に入植から130年以上が経過し、すっかり根付いているということであろうが、ちょっと残念だ。
今回、紹介する「北海道の歴史がわかる本」(亜璃西社:桑原真人・川上淳著)は、これまで、あまり知る機会のなかった北海道の歴史を、石器時代から近・現代まで約3万年におよぶ時代の流れに沿い、52のトピックスで辿っている。
「北海道に現れた最初の人類は?」「アイヌ文化はいつから始まった?」「北海道にも県があった?」「屯田兵が置かれた本当のワケは?」など、興味惹かれるテーマが次々に登場する。
北海道の歴史というと五稜郭の戦いがあった幕末戊辰の役や、せいぜい松前藩が登場する江戸時代までだが、それ以前にも当然長い歴史があった。しかし、アイヌ民族やそれ以前の先住民のことはわからないことも多い。
この本で興味深かったのはアイヌ人と和人との関わりである。当時、アイヌ人が松前藩や幕府に果たした役割が大きかったことなどを知った。たとえばロシアや中国との交易ではアイヌが仲介役になっており、アイヌを通じて外国と繋がっていたことなどは初耳であった。しかし、アイヌと松前藩の関係は従属的であり、既にこの時代から和人への同化政策が取られるようになっている。
和人が道南に拠点を置き、松前藩が設置された15~17世紀は、世界史的に見ても覇権・植民化の時代である。欧州列強がアメリカ大陸やアフリカ、アジアなどに進出、先住民にとって受難の時代の始まりだが、同じようなことが蝦夷地でも起こっており、ケースはやや異なるが単なる偶然とは思えない。
明治維新となり、開拓の時代を迎えるとアイヌにとっては更なる受難の時代を迎える。狩猟から農業へ強制変更され、集団移住を強いられた。
和人化政策の法律として1898年「旧土人保護法」(何という名称か)が施行されたが、行政の世界で「旧土人」が使われなくなったのは、何と100年後の1997年「アイヌ文化振興法」が制定されるまで待たねばならなかったというから信じられない。ちなみに、新法成立に尽力したのは、あの萱野茂さんである。
「北海道の歴史がわかる本」では、これまで知らない北海道を知りえ、いろいろなことを考えさせられた。読みやすい内容なのでオススメである。
【参考】亜璃西社 本書紹介のページ
礼文島で温泉掘削が成功、道内久しぶりの公共温泉誕生か
2008年05月09日掲載
花の名所として知られる礼文島の宗谷管内礼文町が、町内初の温泉を掘り当てた。来秋の完成を目指して入浴施設を建設する予定で、新たな観光スポットとして期待を集めている。同町建設課は「観光客だけでなく町民にとっても待望の温泉だ。町の活性化につながる」と話している。(5/9付け毎日新聞)
礼文町は2007年5月から島の中心地・香深で温泉掘削に取り掛かり、礼文初の温泉を掘り当てた。地下1300メートルからの泉温は50度で最大揚湯量は毎分240リットル。泉質はアルカリ性低張性高温泉。入浴施設は日帰り専用とする。今後設計を進め、今年秋ごろに着工する予定だ。
お隣の利尻島では利尻富士温泉があるが、国内最北端の温泉になるのであろうか。緯度的には稚内温泉と甲乙つけがたい。町のプロジェクトのようだが、HP(下記参照)を見ても、温泉にかける意気込みが伝わってくる。公営温泉の深度ボーリング掘削と聞くと「まだそんなことやってんの」という気もするが、島民にとってはお待ちかねであろう。
場所柄、観光需要も期待できるので健全な経営を望む。
【参考】礼文町温泉ボーリング情報室のページ
大型連休中の旭川線 格安2社が好調 自腹で乗るのなら
2008年05月08日掲載
スカイマークの参入で集客競争が激しさを増した旭川―東京線の航空機利用客が格安運賃を掲げるスカイマークと北海道国際航空(AIR DO)に流れる傾向が目立ってきた。航空各社が7日発表した大型連休期間中の輸送実績では格安運賃の2社が好調で、日本航空と全日空は利用客が前年を下回った。(5/8付け朝日新聞より)
4/25に就航したばかりのスカイマークは約1万400人で利用率は81.5%とトップ。エア・ドゥの利用客は前年とほぼ同じ約8300人で、利用率は74.8%。利用客をスカイマークに奪われることはなかった。
一方、大手は日本航空の利用客が約1万7700人で利用率は63.8%。利用客は前年より10%程度下回った。全日空は利用客が約2千人で、利用率は58.4%。利用客は前年を8%ほど下回った。
スカイマークは来月までの期間限定だが、普通運賃が片道1万円という大出血サービスをしている。これに対抗してAIR DOも各種割引サービスを実施しているが、連休中、格安2社の利用者が好調だった背景には、ビジネス客が多い通常期と違い、自腹で乗るレジャーや帰省目的の個人客需要が多かったことも背景にあるのではないか。
先月のブログで「広がる運賃格差、○金、○貧どちらを選択?」というタイトルで格安2社と大手2社の利用方法などについて書いた。
自腹を切るなら安い方を選ぶ。大手2社を利用するパックツアーで申込んでも1万円ならスカイマークの普通運賃を利用した方が割安感がある。便変更も可能で、募集型企画旅行だと10日前が申込み締切りだが、当日でも空席があれば乗れる。
管理人も5月下旬の旭川線をネットで申込んでいる。やはり1万円は安い。スカイマークに求めるのは安全運行の遵守と安易な撤退を繰り返さないことである。
『「最長片道切符の旅」取材ノート』 宮脇俊三氏と村松友視氏
2008年05月04日掲載
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鉄道紀行作家の宮脇俊三さんが亡くなられて5年が経った。現在でも熱心な愛読者が多く(管理人もそのひとり)、著書は売れ続けている。宮脇さんの訃報を訊いた時のショックは半端ではなく、その後、宮脇本の購入は封印していた。
宮脇さんの代表作のひとつに「最長片道切符の旅」(新潮社1979年)がある。ご存知の方も多いと思うが、日本縦断一筆書き乗車券を最初に世に知らしめた作品である。最近になり、「最長片道きっぷ」の取材ノートが、遺品整理中に長女灯子さん(お父様と同じく作家をされている)の手によって発見された。
そのノートが『「最長片道切符の旅」取材ノート』(新潮社)として発売され、売れている。また、「小説新潮」5月号の特集が「宮脇俊三と旅」するで取材ノートの裏話や作者と縁が深い人たちが寄稿している。宮脇さんへの評価は没して尚、上昇しており、新たな鉄道の楽しみ方、ジャンルを提供した意味においてもその貢献は計り知れない。これからも読み続けられるであろう。
宮脇さんは中央公論社に勤められていたが、その編集部の部下に作家の村松友視氏がいた。このお二人、大変な共通点がある。まず、中央公論在籍中に本を書いて、ベストセラーとなっている。そこまでは驚く話ではないが、宮脇さんのジャンルは「鉄道」、片や村松さんは「プロレス」である。
当時、鉄道とプロレスといえば、マイナーオタクジャンルの極みであり、それぞれのファンは隠れキリシタンのようにしていた時期だ。村松さんは新婚当時、部屋を真っ暗にして、見つからないようにプロレス中継を見ていたらしい。
村松さんが「私、プロレスの見方です」を著したのは1980年。ほぼ宮脇さんの作家活動スタート時と同じだが、中央公論社で同じ釜の飯を喰ったお二人が、奇しくも鉄道、プロレスという当時堂々と言うのも憚る2大ジャンルを文学にしたことはすごい!!
その後、鉄道もプロレスも晴れて隠れの身から開放され、今日に至る。実は管理人は鉄道、プロレスともに大好きであり、このお二人には感謝しかない。
小説新潮に村松さんの寄稿があるが、お二人とも会社を辞めるまで、お互いの「趣味」を知らなかったというのも興味深い。
実はよく行く居酒屋に村松さんがたまにいらっしゃる。管理人がカウンター越しにプロレスネタを振ると「またプロレスの話?」といいながら話題に乗ってこられる。できれば宮脇俊三さんのことも訊いてみたい。
ロビンソン百貨店が閉店 むずかしいススキノという立地
2008年05月03日掲載
セブン&アイ・ホールディングス傘下のロビンソン百貨店が2日、札幌店を2009年1月18日に閉店すると発表したと3日付け日経新聞などが報じている。
ロビンソンは札幌松坂屋として1974年オープンしたが、その後、ヨーカドー傘下となり、ヨークマツザカヤ、1994年からはロビンソンに名称変更した。最近では百貨店を地下2階から地上2階までとして、3階から8階まではテナント専門店街「ラフィラ」として営業していた。
ススキノの低迷が長引き、周辺の若者の姿が少なくなるようになった。以前は大通の丸井今井や三越、パルコなどからの流れで集客もあったが、札幌駅前の大丸開業以降、大通以南の地盤沈下が続いている。もともと夜型の立地であり、交差点を渡ってわざわざ昼間に来る人も少ないであろう。
ロビンソンはススキノ交差点に位置し、待合わせのメッカとしても有名である。管理人も何度か地下の喫茶店を含め、待合せに使ったことがあるが、百貨店の中で買い物をした回数は少ない。上層階へ行くと閑散としており、コンビニ感覚のデパートであったが、常に中途半端な印象があった。最近の百貨店は富裕層をターゲットにした高級志向が目立つが、ロビンソンの場合、どこをターゲットに絞り込むか難しい。
銀座プランタンのような徹底的な女性ターゲットの店がいいような気がするが、競合店も多い。「さっぽろ東急」では若い女性狙いで上層階にスパやヒーリングサロン、女性たちが喜びそうなイタリアンなどを作り、新たな取り込みを図る。ロビンソンにはブランド品を扱う都市型アウトレットような店舗や本格的なコスメ系サロンなどが場所柄向いていると思うが。
「トワイライトEXP」の空きがわかる 便利なJR北海道「方面別空席情報」
2008年05月01日掲載
今日から5月、ゴールデンウイークだがJRの空席が気になる方も多いであろう。
ネットでJRの空席情報を調べる時は、JRシステムが運営する「JRサイバーステーション」を利用するのが一般的で、最近では「みどりの窓口」でもノートPCが設置しており、便利な時代になったが問使い勝手にやや難がある。
「JRサイバーステーション」の場合、まず、入力に手間がかかる-新幹線は列車名と駅名が画面に出るので簡単だが、在来線特急になると「在来線特急」を選択し、さらに乗降駅を手入力しなければならない。また、「北斗星」などの個室寝台の空席情報は扱っていない(開放型B寝台はわかる)。特に臨時扱いの「トワイライトEXP」や「カシオペア」の場合、このサイトではわからないのだ。
また、お盆や年末年始、GWなどの繁忙期にはアクセスが集中し、サイトにつながりにくくなる。検索できる時間も6時半から22時半までという制限もある。
管理人はこれまで「北斗星」個室を取る時、「みどりの窓口」にわざわざ行って確認していたが、最近、JR北海道内サイトで「JR北海道方面別空席情報」というものを発見した。
ここでは道内方面別の列車ごとの1ヵ月後までの空席情報(○△×で表示)がわかるほか、本州方面では「北斗星」のB寝台と「トワイライトEXP」の空席情報がわかる。
素晴らしいのは、これまでわからなかった「トワイライト」の空席状況がわかることである。本州方面の列車は上りのみしかわからないがこれは大変に役立つ。
JR北海道では以前から電話による空席案内もしており、利用したことがある。また、JR北海道宿泊予約サイト「ツインクル」は他の宿サイトが満室の時でも客室を確保していることが多く、札幌などで宿が取れない時は便利なのでオススメである。
【参考】JR北海道 方面別空席情報
JRバス20周年記念、6日間全国高速バス乗り放題で2万円
2008年04月30日掲載
国鉄時代の面影を残す西日本JRバス車両 北陸線木之本駅前から北陸線旧線の柳ヶ瀬トンネルを走り敦賀へ向かう。91年頃に乗車したがまもなく廃止され、琵琶湖・北近畿からJRバスは消えた
全国8社のJRバスは5月1日から、全国のJR高速バスが6日間2万円で乗り放題になる「高速バス乗り放題きっぷ」を一斉に発売する。
旧国鉄バスから分社化して20年になるのにちなんで、全国で2千枚を発売。道内は限定50枚。乗車期間は6月1日から1カ月間。北海道から九州まで120路線が利用可能になる。
JRバスになって20年が経過するが、国鉄時代からの「ツバメ」は引き継がれており、マークを見ると嬉しくなっててしまう。やはり管理人は「国鉄世代」である。
発足時は多くの乗合路線や営業所が残っていたが、最近では高速バス会社といった印象だ。北海道でも伊達、岩見沢、滝川、美瑛、帯広、大樹、厚岸、標茶(他にも)などから車両が消えて、札幌圏を除くと日高と深名線代替ぐらいしか残っていないのでないか。
今回の高速バス乗り放題きっぷ、企画ものとはいえ、ある種、画期的である。北は紋別から南は博多まで行ける。さすがJRグループといったところ。これまで広域の高速バスフリー乗車券は西鉄バスを中心とする九州地方にあったぐらいなので是非、JRバス各社でも商品化を検討していただきたい。
ところでJR高速バスポータルサイトのURLがhttp://www.kakuyasubus.jp/であった。割安なツアーバスを意識したドメインであろうが、「格安バス」というネーミングはいかがなものであろうか。これに抵抗をかんじる管理人も国鉄世代のあらわれか。
八柳鐵郎氏の思い出
2008年04月29日掲載
少し前の話で恐縮だが、どうしても触れたいことがある。
(以下4/22付け道新記事より)
札幌・ススキノを長年見守り続けた、作家の八柳鐵郎(はちやなぎてつろう)さんが十九日、七十六歳で亡くなった。豊富な人生経験から多くの人に慕われ、ネオン街をこよなく愛した「ススキノの生き字引」。二十一日に札幌市内で行われた通夜には約四百人が訪れ、死を惜しんだ。管理人は八柳さんと小さな交流があった。十数年前、たまたま八柳氏の著書を手に取った。北海道へ行った際は地元の出版物をまとめて買って帰るが、その時、めぐり合ったのが道新から発行されている著書だった。八柳さんは、二〇〇六年に閉店した老舗キャバレー「エンペラー」などを経営する青木商事の専務や相談役を歴任。「年末の書き入れ時などには、エンペラーの入り口前に立ち、自ら客の出迎えをやっていた」とすすきの観光協会の篠田政一会長は言う。
樺太生まれ。戦後引き揚げし、食糧難や貧しさを経験した。それだけに、地方から札幌に出てきたホステスには親身になって相談に乗った。
「金をためろ。金のないやつは不幸になる」-。エンペラーで約二十年間、ナンバーワン・ホステスだった徳川美智子さんは、八柳さんが口癖のように言っていた言葉を思い出す。「私にとっては仕事の師匠。ありがとうの一言です」と涙をぬぐった。
二十五年来の付き合いという、「あるた出版」の平野たまみ社長は「八柳さんを『夜の牧師様』と呼んだ人もいた。それほど心の温かい人だった」と振り返った。
八柳さんが熱心に取り組んできた一つに文筆活動がある。「すすきの有影灯」「薄野まで」「すすきのの女たち」…。歓楽街に長くかかわってきたからこそ知っている人間模様を、八柳さんは文字に起こした。
テレビでも共演したことがある作家の東直己さんは「繊細で、いい文章を書く人だった。苦労をしているからこそ、書けたのだろう」と語った。
二十一日の通夜に飾られた八柳さんの遺影は満面の笑みだった。「通夜の帰りに、八柳さんをしのんで、ススキノで一杯やってほしい」。葬儀委員長を務める「あるた出版」の山崎巌会長はそう呼びかけた
ススキノの女性や自身の過去などエッセーとも小説ともつかぬ独自のタッチで書かれていた。非常にリアル且つあたたかく、どれほどの人間をこれまで見てきたのか相当な苦労をされたことが伺えた。
暫らくし、八柳さんに会ってみたくてふらりと「エンペラー」を訪ねてみた。キャバレーは初めてで緊張したが、フロアの隅に立たれている八柳さんを発見した。早速、ご挨拶をすると、「私の本を読んで訪ねて来てくれた方は初めてです」と大変恐縮されていた。連絡先をいただけますかということで名刺交換をしてその日は帰った。
お礼の手紙を送り、暫らくして「エンペラー」を訪ねてみた。八柳さんは「先日のOさんの手紙、店の朝礼で全部読ませていただきました。うちのホステスにも是非伝えたかったことがあります。」と言われた。こちらは赤面ものであったが、内容はキャバレーの文化を守ってほしいことや店の心遣いなどについて書いた覚えがある。
その後、2,3度お会いして、歌志内出身のアローナイツショーの時は、炭鉱出身の彼らに興味があることを告げると楽屋まで案内していただきアローナイツのボーカルの方を紹介したいただいた。八柳さんからは「一度、ゆっくりススキノで杯を交わしましょう」と言われていたが、その後、店には出られなくなり、結局果たすことはできなかった。最後にお会いしたのは2000年頃であろうか。
一昨年、秋エンペラー閉店の話を聞き、会社に八柳さんの近況についてお伺いすると既に体調を崩されて出てこれないというだった。
フロアの、やさしそうな笑顔が忘れられない。
旭岳温泉に新たな万世閣「ディアバレー」がオープン
6月10日、旭岳温泉に「旭岳万世閣ホテルディアバレー」がオープンする。もともとは北海道都市職員共済組合宿泊施設「こまくさ荘」であったが、万世閣グループに譲渡されてリニューアルオープンすることになった。
万世閣はすぐ近くに「旭岳万世閣ホテルベアモンテ」があり、旭岳初の高級リゾート志向のホテルをオープンさせているが、ディアバレーはスタンダードツイン(1泊2食付)で1人9075円と割安な料金設定となっている。
旭岳温泉は国立公園内なので新たな建物の建設はできないが、代替わりが続いている。ベアモンテは以前、「えぞ松荘」だったはずで、古くからある湯駒荘も経営が代わり、きれいになっている。新しく生まれかわるのはいいが料金設定が少し高め(特にベアモンテ)の気がする。
管理人は「アートビレッジ杜季」という料理がおいしい小宿に2回ほどお世話になった。ダイニングから見る旭岳が素晴らしかった。登山シーズンに集中しがちな旭岳だが季節を変えても美しいところだ。また、ここのスキーゲレンデは国内トップクラスの雪質と雄大さであると思う。
余談だが、ボクシングの内藤大助は高校卒業後、洞爺万世閣の厨房に就職したらしい。たまたまテレビで恩人に会いにいく企画でやっており、名前は出さなかったが万世閣のようだった。当時の仲間は誰もいないと言っていたが、すぐに辞めてしまうのだろうか。
【参考】旭岳万世閣ホテルディアバレーホームページ
