ご挨拶

北海道観光情報サイト「北杜の窓」は北海道の観光・地域情報を中心に旅行者から地元の人までが役立つ情報を提供・観光情報コミュ二ティサイトです。Facebookページではブログでは掲載できないリアルタイムな北海道情報を掲載しています。

最新情報・北杜の窓ブログ

日光レークサイドホテルがリッツカールトンに、日本のリゾートホテルが危機にある

2016年11月12日掲 載

 

nikko lakeside H1

米ホテルチェーンのマリオット・インターナショナルが高級ホテル「ザ・リッツ・カールトン」を栃木県日光市に開業すると決めたのは、外国人観光客の間で日本の文化や自然を体験できる地方への関心が高まっているためだ。リッツとしては初めて、外国人にはなじみの薄い日本式の温泉大浴場も併設する。日光を訪れる外国人客は日帰りが大半だが宿泊需要は大きいと判断した。(11/8付 日経

東武鉄道系で日光中禅寺湖の日光レークサイドホテルがリッツカールトンに変わることになった。同ホテルHPによると創業は明治27年(1894年)、同じ日光にある日本最初の洋式ホテルである金谷ホテルと共に国内リゾートホテルホテルの草分け的な存在である。

管理人は2014年に同ホテルを訪れている。当初、宿泊をする予定であったが、皇室関連の行事のため貸切で、系列のアストリアホテルに泊まった。その翌日にランチで訪れたが、通常、2食付で1万円台後半で泊まれるホテルであった。同じ日光の金谷ホテルや中禅寺湖金谷ホテルに較べ、良心的な価格設定であり、ここが外資に変わるのは残念なことである。

このホテルの近くには星野リゾートが買い取った「」(旧日光の離宮 楓雅)がある。こう書くと儲かって、日光は賑わっているように見えるが、中禅寺湖界隈のホテル旅館は苦戦しており、西武系のプリンスホテルを含め廃業をしたところも多い。日光もインバウンドの恩恵を享受しているはずだが、都内からの日帰りが多く、近くに鬼怒川温泉がある関係で宿泊は苦戦しており、原発事故による風評被害の後遺症も残っている。

知名度の高い国際的な観光地にも関わらず、日帰り観光地や修学旅行の定番としての印象が強くなり、リゾート地としての日光の印象は薄らいで来ている。親会社の東武鉄道は、日光鬼怒川エリアにテコ入れをしようと特急新型スペーシアの投入や、50年ぶりのSL運転などを来年以降、計画している。今年度は日光と中禅寺湖にある名門・金谷ホテルを買い取り、リゾート地としての再生を図ろうとしているが、そのひとつが今回のリッツカールトンである。

インバウンド需要を活用し、ふたたび日光を滞在型の高級リゾート地に変えようという狙いだが、思惑通りにことは運ぶであろうか。というのもインバウンドはミズモノ、ホテルの高級化により、日光が日本人にとって行きにくい場所になってしまうのではないか心配である。リッツカールトンは日光が開業する2020年にニセコにもオープンするが、既にニセコ界隈は日本人の手から離れてしまったような印象である。

今の状況は幻の東京オリンピック(1940年)の前夜、当時の政府が外貨を獲得しようとインバウンドを国策とし、外国人向けのリゾートホテルを全国各地につくった時代と似ているような気がしてならない。その当時つくられたホテルは既に戦争前夜であったため、外国人にあまり利用されることもなく、戦争が終わって占領軍の専用施設として使用されるようになった。日本人客が利用できるようになったのは、多くが昭和30年頃からであり、徐々に一般・大衆化されていった。

少し話が逸れたが、このリッツカールトン、京都は有名だが、かつてホテルフジタであった場所にある。鴨川沿いの静かな環境で、前のホテルはお手頃価格で管理人のお気に入りであったが今の価格では泊まれない。日光も最低で6-7万円以上になると思うが、上高地帝国ホテルの3倍近くはする値段である。

50年以上かけて定着した日本のリゾートホテル像が崩れかけている。

nikko lakeside H

創部108年 北海道から純粋な社会人野球チームが消える

2016年11月11日掲 載

社会人野球のJR北海道は4日、業績悪化に伴う経営合理化のため、道内社会人野球で唯一、企業チームとして活動していた硬式野球部を、今季限りで休部すると発表した。(11/5付日刊スポーツ

JRH Baseboll club

新千歳空港駅から[エアポートライナー]に乗るとサッポロビール園駅を過ぎた右側にJR北海道野球部のグランドが見えてくる。有名な社会人チームの野球場としては質素な造りで、室内練習場もなく、冬ともなれば雪に閉ざされている。高校野球の方が立派な施設はいくらでもあるかと思うが、線路沿いでJRの商品広告がいくつか張り出されているので目立つ存在である。

この野球部が現存する国内社会人チームの中では最古で、108年目とは驚いた。かつては「札幌鉄道局野球部」と呼んでいたらしが、管理人の記憶では「札幌鉄道管理局」という名称で都市対抗などに出ていた記憶がある。スキーのジャンプ大会でもその名前が連呼されていたと思う。

多くのプロ野球選手も育った古豪名門だが、11/4に業績悪化に伴う経営合理化という理由で休部することとなった。ちょうど社会人日本選手権で敗れた直後の発表であり、このタイミングを計ったように見えるが、企業のリストラで真っ先に犠牲になるのはこういった部門である。今、JR北海道は「選択と集中」やらで企業資源の見直しが行われているが、国交省や道などに粛々と合理化を図っているところを見せなくてはならない。

かつて道内には拓銀や大昭和白老、新日鉄室蘭、王子苫小牧などの名門チームがあった。電電北海道(後のNTT北海道)を含め、五強と云われた時代があったが、現存するものはなく、大昭和は「ヴィガしらおい」、新日鉄は「室蘭シャークス」と市民チームに形態を変えている。国策的な産業が多かった北海道なので、その衰退とともに消えて行った。

そして今回、最後の砦であったJR北も廃部となった。日本経済の衰退と共に企業スポーツは縮小の方向だが、経済地盤が脆弱な北海道はいちばん煽りを喰う地域である。スキージャンプやアイスホッケーなども同様だが、廃部の知らせは地域の衰退とも関連があり、ローカル線廃止問題ともダブる。クラブチームとしては残るようだが、これで道内から純粋な社会人チームが消えることとなる。ファイターズ日本一の裏でやるせないニュースである。

雌阿寒(オンネトー)温泉のガス事故で思うこと

2016年10月21日掲 載

北海道足寄(あしょろ)町の温泉旅館「オンネトー温泉 景福」で2014年10月、入浴客が硫化水素ガス中毒とみられる症状で重体に陥った事故で、温泉を監督する帯広保健所(道立)が少なくとも事故の3年前から硫化水素ガス濃度を把握していなかったことがわかった。(10/21付朝日新聞

この記事、北海道版ではなく、全国版のそれも1面。4段にも亘る記事で道新記事よりも詳細に伝えている。事故のあったオンネトー温泉だが、雌阿寒温泉といった方がわかりやすいかもしれない。阿寒湖と足寄を結ぶ国道241号線からオンネトー方面に入ったところに温泉がある。ここには、「オンネトー温泉 景福」の他に「野中温泉」があるが、野中は雌阿寒温泉と名乗っており、創業も1914年と景福の1987年に較べると遥かに古い。秘湯ムードがあるが、大型観光バスがやって来るオンネトーへ行く途中にあり、アクセスには恵まれている(かつては阿寒湖からの路線バスもあった)。

2軒とも素朴な宿だが、温泉のレベルの高さでは折り紙つきであった。近代的な近隣の阿寒湖温泉とは対極的な存在であり、多くの支持を得ていた。管理人もファンの一人であり、過去に野中温泉に2回、景福に1回宿泊し、日帰り入浴でも数回訪れている。最初に訪れたのは、1991年のことで、その時は野中に泊まったが、翌年には景福に宿泊している。雌阿寒(オンネトー)温泉の魅力は、周囲に民家が一軒とない静寂さとお湯の素晴らしさ、質素だが気兼ねなく、ひとり旅にはうってつけの環境であったことだ。

今回の事故、隣の野中では1回もなく、どうして景福だけで複数回発生したのであろうか。管理人が最後に訪れたのが2008年頃なので既に記憶が曖昧だが、野中の内湯は大きな窓が常に開き、通風がよい印象なのに対し、景福の方が逃げ場がなく空気が充満するようなイメージがある。 また、景福は温泉が内湯の砂利石から自然湧出しており、この辺りも事故と関係があるかもしれない。
最後に入浴をした時は、目が痛くなり、露天へすぐに移動したが、目が痛くなるお湯は酸性の硫黄泉などでよくあることで、今回のガス事故とは関係ないかもしれず、詳細はわからない。

同じ泉質の野中で事故が起こらず景福だけで多発するというのは建物や浴槽の構造、温泉の湧出形態など複合的な問題があるのではないかとも思ったが、それだけ温泉の成分が強いということであろう。これまでも温泉のガスによる事故は山形の泥湯や秋田の玉川など屋外で起きている。効能のありそうな刺激の強い温泉地であるが、景福の場合は室内。ホンモノの素晴らしいお湯が事故を招いたとしたら誠に残念なことである。

 

【追記】この記事を読んだテレビ朝日報道局から取材があり、10月25日の「Jチャンネル」でこの文章をナレーターが読み上げました。管理人への出演依頼もありましたが、こちらの記憶も曖昧な部分もあったので断りました。