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朝ドラブームと北海道観光 「旅路」から「マッサン」まで

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雑誌「旅」1967年7月号の北海道特集と当時の朝ドラ「旅路」のヒロイン日色ともゑ

高倉健さんが亡くなられたが、これほど北海道が似合った役者はいなかった。道内でロケをした作品は30以上あるということだが、作品を通して北海道観光の発展にも多大な貢献をされている。ミスター北海道観光大使の称号をあげたいものだ。

さて、健さんの出世作となった「網走番外地」は昭和40年代初頭にシリーズ化されているが、番外地作品の中でもいちばんノリがよかった昭和42年、NHKの朝ドラでは、北海道の国鉄職員の生涯を描いた「旅路」が大人気となっていた。主演は日色ともゑ、函館本線の機関士の物語であり、小樽と余市の間にある塩谷駅が舞台となっていた。

大正4年ヒロイン10歳から、昭和37年55歳までの半生を描いたこの番組の最高視聴率は、なんと56.9%と歴代1位である。前年度放映され国民的な人気となった「おはなはん」は56.4%でその追い風を受けての数字であろう。現在もふたたび朝ドラブームとなっているが、「あまちゃん」でさえも最高は27%。当時の朝はどの家もNHKであり、民放を見る習慣は殆どなかったと記憶している。管理人は当時6歳、「旅路」は薄らと記憶に残っているが、覚えているのはヒロインの日色ともゑと雪の中を走るSL、そして白黒映像である。当時の我が家は白黒テレビであったが、朝ドラはこの作品までが白黒であったようだ。網走番外地も当初は白黒であったが、カラーよりも印象が強く、特にモノクロには雪が似合う気がする。

この「旅路」のことを書こうと思ったきっかけは、先日古書店で月刊「旅」(交通公社刊)のバックナンバーを何冊か購入したことだ。放映された昭和42年4月から43年3月号にかけての同誌を開けると、これでもかというほどこのドラマが出てくる。上の写真は7月号の「北海道特集号」であるが、すでにこの頃からロケ地めぐりのコーナーがある。旅行雑誌の夏の北海道特集は定番であるが、そのいちばん最初がこの昭和42年ではないであろうか。

ドラマと同時に小樽も脚光を浴びたようである。当時は観光地ではなく、暗い印象のマチであったらしいが、今でも唄われる「小樽の女よ」(鶴岡雅義と東京ロマンチカ)が大ヒットしたのはこの年である。翌年、アンサーソングとして「旅路の女よ」が生まれているが、朝ドラ人気を上手く利用したかっこうになっている。

北海道を舞台の朝ドラはその後、「北の家族」(昭和48年)や「すずらん」(1999年)、そして「マッサン」と続く。北の家族は函館の元町地区が舞台。管理人は暗い印象があり、祖父母が朝向きの内容ではないと話していたのを覚えている。ヒロインは高橋洋子、ご存知ない方もいるかもしれないが、のちに作家に転身したヒロインというよりはデビュー当初から才女といった印象であった(デビュー作の映画「旅の重さ」は名作)。居酒屋チェーンの「北の家族」もこのドラマから屋号を頂戴したような話を聞いたが真実は如何か。

「北の家族」から「すずらん」の間に「ロマンス」(昭和59年)と「チョッちゃん」(昭和62年)で北海道が登場するが、管理人は多忙であった時期でまったく記憶に残っていない。「すずらん」は記憶にある方も多いであろう。留萌線の恵比島駅(ドラマでは明日萌駅)がロケ地となっており、「旅路」以来となるロケ用のSLが運転された。ちょうどこの年は、健さんの『鉄道員ぽっぽや)』が公開されるなど、北海道を舞台とした鉄道員の生き様を描く作品の当たり年であった。SL「すずらん号」も数年間、運転されていたが、2005年を最後に終了している。この恵比島駅だが、管理人は20年以上前から好きな駅で、古い駅前旅館建物が残っており、ロケには最適だと思っていた。もともと炭鉱鉄道の駅であり、その名残がいい味を出していた。あの遠野凪子の棒読みセリフも印象的だ。この「すずらん」は「旅路」へのオマージュもあったのではないであろうか。最高視聴率も久々30%をしている。

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そして、今放映中の「マッサン」。放送開始前から多くの観光客が余市を訪れているが、「旅路」の舞台となった塩谷から余市までは函館本線で15分ほどである。「旅路」がオンエアされていた時代は、遠い北海道に憧れを持って見た視聴者が多かったであろうが、今は簡単に行ける時代。朝ドラ人気を上手く利用していただき、一過性で終わらないものにしていただきたいと思う。

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