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帯広・藤丸が百貨店がない釧路から送迎 地方都市における百貨店の必要性

帯広市の百貨店藤丸は3月1日、釧路発着の無料送迎バスを初めて運行する。丸井今井釧路店の閉店後釧路地域からの買い物客が増加しており、バス運行でいっそうの顧客開拓と商圏拡大を目指す。(2/15付け道新より 道新HP記事は2週間で削除されるのでリンクボタンは貼りません)
丸井今井釧路店閉店後、釧路方面からの来客が増え、同方面に限ると会員カードが40%増、売上げが約1.8倍になったという。30,40代が中心だが、50,60代といった”交通弱者”と思われる人たちの利用がまだ少なく、白糠、音別などでも客を拾う直通専用バスの運転に踏み切ったようだ。
帯広-釧路間は120キロ近くあり、いかにも北海道らしいスケールが大きい話だが、この手の話はあまり聞いたことがない。帯広の藤丸は、地方百貨店が苦戦する中、いろいろな試みをして頑張っているデパートで、少しずつだが帯広中心街を歩く人が増えてきているらしい。
これに対し、釧路は本ブログで何度も触れているが、2年前の丸井今井閉店以来、新しいショッピングモールも決まらず、百貨店空白地帯となっている。特に中高年層以上の利用が多かったため、それに代わるものがなく、不便を強いられている。このあたりの潜在顧客を十勝圏の藤丸が引っ張りこもうという戦略であろう。
釧路に限らず、北見市も「北見東急」が閉店。三セクのモールとして再スタートをしたが、すでに百貨店ではない。
釧路市民に聞くと、高くてものがないデパートよりも、郊外店の大型モールに行くほうが遥かに便利なので百貨店は必要ないという意見も多い。確かに日常生活においてはそうかもしれないが、果たしてそれでいいのであろうか?
話が変わるが、管理人が子供の頃、百貨店に連れて行ってもらう時は、普段着ではなく、よそ行きの服に着替えてきなさいと言われたものだ。銀座のデパートへ親や祖父母のお供で買い物へ行く-やはり、それは特別なことであった。ホテルやレストランへ食事へ行くといったら、子供ながら身が引き締まった思いだった。
今の世の中、そういうことはあるであろうか?クルマ社会なのでどこへ行っても服装は同じ。地方都市なら食事も駐車場付きの郊外店なのでお洒落をする場所も必要もない。以前、釧路の蕎麦屋で同じユニクロ製ダッフルコートを着た女性が4人いて驚いたことがあったが、これはお洒落ではなく、単なる防寒「国民服」だと思った。
たとえば、札幌の三越や丸井今井へブランドものを買いにいったとする。駐車場にワンボックスカーを停め、ジャージの上下とスニーカーで入店をする。決して珍しい光景ではないが、安売りの郊外店舗に行くのと同じ井手たちで店内を闊歩する。TPOなどという言葉も死語になっているが、いつもクルマで移動し、服装も構わなくなり、日常(大型店舗など)と非日常(百貨店でちょっといいものを買うなど)の区別もなく消費の概念は同じだ。100円ショップで生活用品を買うのも、15万円のブランドバックを買うのも、店舗と物を見なければわからない。
そういう意味ではアウトレットなどはその最たるものかもしれない。かつて百貨店はよそゆきの場所であり、買い物の桧舞台であった。また、買い物以外でも食事から美術展鑑賞、子供の遊戯まで家族で一日過せるレジャーセンターであった。その機能は次第に分散化され、今では百貨から三十貨ぐらいまでに減ったが、文化的ランドマークとしての位置付けは変わらない。
最近の地方百貨店の衰退と郊外型大型店舗の増殖は、その「けじめ」を無くして、先ほどのユニクロ=国民服ではないが、貧しい画一的な社会に見えて仕方ない。
以前も書いたが、百貨店は地域の「核」にあり、文化が集う場所であった。地方百貨店が消えるのと引換えに郊外には大型モールが進出する。これは世界的な傾向でグローバリゼーションの一環だが、地方を本当に強くするためには、郊外と中心街の差別化、棲み分けが絶対に必要である。たとえば郊外では日用品やファミレス。中心街では小洒落たものがあるデパートやカジュアルデザイナーブランド、映画館、カフェなど上手く使い分けできれば人口15万人都市クラスの百貨店復活は可能だと思うが。
余談だが北海道の地方都市は喫茶店が少なすぎる。そして、すごい勢いで廃業しているのだ。
話がだいぶ逸れたが藤丸の試みに注目をする。 
 

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