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映画「桃尻娘」の時代と女性の自立・そしてアンノン族のひとり旅

にっかつ映画「桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール」から1978年公開

前回のブログで旅をしない若者をテーマにしたが、今から30年前の若者は我先にと旅をしていた。特に女性のひとり旅がブームになった頃で、雑誌「anan」・「nonno」の旅情報に触発された乙女たちが旅に出て行った。世間でいう「アンノン族」である(今でもこの死語を使う中高年は多いが)。

金沢、高山、萩、津和野、鎌倉、角館など小京都と呼ばれる町は賑わいを見せたものだ。管理人の親戚が萩駅前で土産物屋を営んでいるが、その頃は大行列、しかしながら今ではその面影すらないらしい。「anan」の創刊が1970年なので乙女たちも40代後半から還暦に届こうとしているのだ。70年代前半が「ディスカバー・ジャパン」、後半が「いい日旅立ち」である。
そんな時代の女性たちを描いた小説に橋本治の「桃尻娘」がある。ふたりの女子高生(のちに女子大生)を主人公にしたものだが、映画化もされた。

桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール(1978年4月29日公開)
桃尻娘 ラブアタック(1979年4月28日公開)
桃尻娘 プロポーズ大作戦(1980年4月26日公開)

主演は幻のアイドル・竹田かほり(榊原玲奈役)と亜湖(田口裕子役)。にっかつ作品であったので、一作目は成人指定であったが、動員がよかったので2作目からは一般映画となった。

Youtubeを貼り付けたが、桃尻娘で高校を卒業した竹田かほりが傷心旅行で「あずさ2号」で出かけるシーンが収録されている。1977年に大ヒットした狩人の「あずさ2号」は当時の国鉄もキャンペーンに参加するなど異例の力の入れようであった。本当に8時ちょうどの「あずさ2号」の指定席は取れなかった記憶がある。映画では、それをダシにしているのだが、実際の新宿駅ホームや列車も登場する。車内の撮影もホンモノのようだが、この作品は成人映画である。当時の国鉄が許可したのであろうか?もしかするとゲリラ的な撮影かもしれない。隠れた名作「新幹線大爆破」は国鉄の許可が下りずに隠しカメラで撮影をしたと聞いたことがある。それにしても1978年当時の新宿駅は懐かしい。

1作目は金沢へ行くが、「桃尻娘 プロポーズ大作戦」では小樽へ旅立つ。まだ、昔の運河の時代で、小樽が注目を集め始めた頃の映像でこちらも懐かしい。さて、桃尻娘主演の竹田かほりを幻のアイドルと書いたが、活動時期が短く、日活から一般作品に出始めた途端に結婚引退をしてしまった(多分、出来ちゃった婚)。23才ぐらいであった。相手は甲斐よしひろだが、かなりのショックであった。ふたりの娘はミュージシャンの甲斐名都である。 詳しくは知らないが、写真で見る限り可愛い。しかし、お母さんにはかなわない。今はどんな奥さんになっているのであろうか(今年で51才です!!)。

「桃尻娘」を紹介しようと思ったは先日亡くなられた山田辰夫さんが竹田かほりと何作が競演しており、とても懐かしくなったので、このブログのテーマとは外れるが書いてみた。ところで玲奈の相棒を演じた亜湖は全く銀幕に登場しなくなってしまった。公式HPを見てみると脳の病気と統合失調症で、障害者と書いてあった。ちょっとショックであった。映画の「レナちゃ~ん」と叫ぶ、あのトーンが忘れられない。今回、初めて知ったが、3作共に音楽は長戸大幸である。あのZARDの坂井泉や「思い出の九十九里浜」のMIKEを生み出した名作曲家&プロデューサーである。この人の感性、素晴らしいと思う。30年前の乙女たち。当時は「もう頬づえはつかない」など女性の自立がクローズアップされ始めた時代だ。無理して、突っ張っていた乙女も多かったが、アンノンや「るるぶ」を抱えて旅に出た。隔世の感だがとても、とても懐かしい時代だ。

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