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「北杜の窓」とは

 

北杜の窓とは

■ サイト名:Tourism Labo 「北杜の窓」(hokutonomado)
■ テーマ: 北杜の窓は国内・海外旅行と観光産業全般、北海道など特化したエリアの観光や地域づくりの未来を考えるメディア
■ 開設日: 2004年11月1日~
■ 運営管理者: 「北杜の窓」運営事務局 代表 奥山 高樹

「北杜の窓」管理人からのご挨拶 2017年11月(工事中)

2004年の11月、ブログを中心にした「北杜の窓」を開設してから丸13年が経過した。その頃の私は北海道でまちづくり関係の仕事を始めたばかりであった。それまではというと1980年代後半から北海道ファンとして80回以上、旅行者として渡道していた。ちょうど2002年に会社をやめて独立、PRとマーケティングを中心にした一人だけの会社を立ち上げたばかりの頃である。当初のクライアントは乗り物の乗換案内などのナビ関係や宿泊予約サイト、それ以外のソフトウエア企業などおもにIT関係を相手にやっていたが、次第に交通や観光・旅行など趣味に近い分野とのお付き合いが増えてきた頃であった。

 

北杜の窓の趣旨 2004年11月 (工事中)

北杜の窓へお越しいただき誠にありがとうございます。北杜の窓は、『北海道観光』について役立つ情報の提供や、意見・提言などをし、北海道の観光をベースに語り合い、 地域コンテンツとして蓄積を目指すサイトです。

たとえば、温泉・宿・交通・食、お土産・まちづくりなど観光に関連するキーワードから、北海道の観光文化を切り口に北海道を掘り下げてゆきます。道内、道外を問わず旅行者から観光産業に従事している人まで、 幅広い層がエントリーできる、北海道観光の未来を一緒に考えられるような、北海道観光サイトを目指しています。

北杜の窓を開設した理由 2004年11月(工事中)

北海道については、これまで愛する反面、歯がゆくも思っていました。

たとえば、旅行をしても北海道だから許されてしまうことに何度も出くわしました。「まあ、北海道だから仕方ないか」、「そこまでの水準を求めることに無理がある」
などと自分を納得させていましたが、仕事で関わるようになると、それだけでは済まされないことに多々、遭遇しました。15年以上、北海道を見続けていますが、時代が変わっても、本質的なものは、あまり変わっていない気がします。

最近、仕事で、北海道の人たちと関係をして、気づいたことは、地域の人たちは自分たちの特性や、地域の特徴などに、あまり気づいておらず(興味がない)、隣りの芝生ばかりに目が行き創造性やオリジナリティに欠ける傾向があることです。 北海道が観光立国を目指すのなら、観光で来る人たちには、お仕着せでないホンモノの北海道を、満喫して帰ってもらいたい。観光業に携わる人たちは、自分たちの置かれている立場に気づき、切磋琢磨し、自信を持ってもらいたい-観光を通して北海道が、そんなふうになれたらいいなと思い、このサイトを立ち上げた次第です。

北海道旅行のある現実

北海道をたとえる表現で、「自然、素材は一流、サービス、加工は三流」という言葉がかなり 以前からあります。特に道外から観光で訪れた人は、その言葉を実感したことがあるのではな いでしょうか。
たとえば、全国紙の夕刊広告によく出ているような大手旅行代理店主催の東京発2泊3日 29,800円の格安ツアーに参加をしたとしましょう。 参加したのは、北関東の中核都市から来た60歳代の夫妻とします。

-『北海道縦断でこの価格設定!初冬の北国ロマン2泊3日コース』-

11月のある日、ツアー参加者は早朝に自宅を出発する。北関東からの参加者は真夜中2時台 の羽田行きバスに乗る。需要があるから早朝前発の直通空港行きバスが増える。 広い空港出発ロビーを迷いながらも、集合場所を発見。係員から説明を受け、団体客ご用達 の7時台の新千歳行きに搭乗する。後部座席に座らされ、空弁を開けて朝食。睡魔が襲った頃に機体は下降をしだし、ベルト着用 サインが点滅、季節風で揺れる機体に不安をかんじながら、津軽海峡を渡り、憧れの北の大地へ。

到着するや休む間もなく、現地ツアコンとバスガイドが待ち受け、貸切バスに詰めこまれいざ 出発。 薄ら寒い牧場や、冬枯れした丘など慌しく観光し、真っ暗になった頃、山峡の宿に到着。 時計は6時を回り、1日がえらく長く感じられる。

宿はツアー客がやたら多いコンクリートの塊のような温泉ホテル。見た目は大きく立派だが、 客室に通されるとえらく安普請であることがわかる。 風呂について訊ねようとフロントに行くと従業員は、サービス業とは思えないような金太郎飴対応。これではファーストフードのアルバイト店員よりもたちが悪い。 明らかに団体客と見透かされていると思い思い腹が立つ。

到着が遅かったためか、夕食は冷えきっているセットメニュー御膳である。追加料金を払えば カニ食べ放題コースが選択できるが、なんでこんな山の温泉地でカニを食べなくてはいけない のであろうか。 大広間には他の団体客も入っているが、日本語はではない言葉が飛び込んできた。

楽しみは温泉である。巨大な浴槽がある大浴場を入ると、プールに入った時のような塩素臭が鼻を突く。最近はやりの源泉かけ長しというものを期待していたのでガッカリする。
入浴後に缶ビールを自動販売機で購入。地域限定のビールを買うが、定価の倍近い値段に驚く。 睡魔が襲う。すでに今日は20時間近く起きていることになる。布団に入ると自動設定の暖房が異常に暑く、喉がカラカラになり目が覚める。古い冷蔵庫の音もうるさい。
翌朝は朝風呂に入る時間もなく宿を出発。今日は300キロ以上のバス走行であり、スケジュール が押すと降車をせずに車窓からの観光に省略された。好きな野鳥の写真も窓越しからであったのでピントがずれてしまった。また、機会があったら今度は個人旅行で来たい。

途中で寄る土産物屋ではサービスの試食といわれ、雰囲気で何となく土産を買わされてしまった。 どうも旅行会社からマージンをもらっているようである。 今夜の宿は海に近いさいはての温泉宿である。夕食はバイキングであったが、お仕着せのメニュー よりもまだこの方がチョイスできるのでいい。60を超えると旅館の食事は重たい。 翌日は、さいはてから千歳に戻るコースである。飛行機で移動する距離であるが、400キロ以上 の道程を観光しながら行く。 有名な湖では、 親しくなったツアー仲間と共に集合写真を撮る。当然有料である。 帰りのバスでは殆どの参加者が眠りこける。ガイドさんも要領を知ってか喋らなくなった。

新千歳発の飛行機は羽田に9時を回った頃に到着。えらく長くかんじた。電車の時間が気になるが 何とか北関東まで行く最終の新幹線には間に合いそう。酔客で混む通勤電車に旅行カバンが呑み込まれてゆく。深夜近く、現実に引き戻されて帰宅。 オツカレサマデシタ。

この話は架空ですが、今でもこのようなツアーは多く、ある種、代表的な北海道観光のスタイルになっています。 相変わらずのマス・ツーリズムといえるでしょう。

問題としては、ツアーを企画し、迎える側のプロが、いまだに物見遊山型、団体旅行全盛で あった1970年代の高度成長期と変わらない感覚で客を受入れていることがあります。 国内旅行者が一巡りをして集客が減れば、今度は韓国、台湾、東南アジアから観光客を呼び寄せ、 30年前と同じセットメニュー(雪まつりなど)を今度は外国人に向けて提供をしようとしている のです。最近では外国人旅行者もリピータが増えているので個人旅行の拡充に力を入れています が、本質的には繰り返されていると思います。 これはシステムにも問題がありそうです。

観光立国・北海道の今後のあり方

観光立国・北海道といわれながら実態は、旧態依然としてものであり、観光に関してはいえば、 未だに「試される大地」であります。 メディアによく登場するもののみ過度に脚光を浴びる集中型であり、多くの素材は眠ったままになっています。

北海道の歴史は「依存の歴史」といっていいかと思います。官主導(依存)が長く続き、優先 順位としては、未だに士農工商のようなピラミッド高層が、残っているといっていいのではないでしょうか。 そこには、長い間のもたれあい体質が、優秀な民間を育ちにくくした土壌背景があります。 「太いものに巻かれていたら何とかなる」、「誰かが何とかしてくれる」、「なるといいね」 こういったよくいえば大らかで大陸的、悪く言えば無責任で意思決定力がない土壌が北海道に は蔓延っているとかんじます。

この特長を観光業で当てはめれば、代理店やお上任せで誰かが人を連れてきてくれる・自ら営業努力をしない・素材のよさへ依存・変わりばいしないソフト・きめ細かいサービスに対応ができないといったことになります。

北杜の窓では、観光産業や街づくりに対する提言といった堅い部分から、身近な観光情報まで 扱っています。 現在、消費者の目は確実に肥えてきており、「いいもの・ホンモノ」を見極め 力は以前とは比較にならないほどレベルアップをしています。 これまでのマス型ツーリズムでは、消費者に中身を見破られ、機会ロスが発生します。 観光産業は、旅行代理店や行政、宿など提供する側の思惑が中心で動いており、利用者(消費者) ニーズなどが軽視されていた傾向があります。

温泉の情報開示もそのひとつですが、以前であればプロ側が公開を渋るような情報を公開しなくてはならない場合もあり、その変化には戸惑いがあるでしょう。 しかし、ITが生活の一部となった現在、情報開示や顧客志向の把握など、これまでの視点を 変えることが、真の観光活性につながると信じます。

今は、消費者がプロの目(見抜く力)をもっている時代。 「北杜の窓」を通して、北海道観光が成長し、「行ってよかった」・「また行きたい」といえる 真の観光立国へなることが願いです。