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洞爺丸沈没から52年が経過した

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ありし日の連絡橋(ポストカードより)
今から52年前の今日(26日)、洞爺丸台風事故が起きた。説明するまでもなく、台風15号による突風、高波で青函連絡船洞爺丸をはじめ、第十一青函丸、日高丸、十勝丸、北見丸の5隻が沈没・座礁し、乗員379人、乗客1051の計1430人の犠牲者が出たものだ。客を乗せていた洞爺丸は、函館港外に投錨後、高波で流され、七重浜に座礁・転覆をして大惨事を招いた。
この犠牲者数は海難事故では、あのタイタニックに次ぐものである。気象観測網が発達している今ならありえない事故であるが、当時は船長の判断ミスが裁判で問われたらしい。
GHQやお偉いさんが乗っており、これ以上出航を遅らせることができなかったなど諸説があるが、レーダー網が発達しておらず、天候を読み違えたのが最大の原因であろう。
なお、洞爺丸台風があった翌年には宇高連絡船の紫雲丸が濃霧で仲間の船と衝突、就学旅行生の多くが海に投げ出され、亡くなった紫雲丸事故も起きている。
青函連絡船はその後、波高対策が施され、1988年3月の廃止まで死亡事故を起こしていない。
洞爺丸が出航をした函館駅は新築され、連絡船の面影を留めるものは殆んどない。曲線を描いたホームと上野駅のような櫛型(ターミナル式)構造が当時を思い出させてくれる。青森駅も駅前が開発され、大きく変わってしまった。
また、函館駅2階にある「いるか文庫」は青函連絡船関連の図書館があり、書籍や模型、CDなどを販売している。レアなものもあるので列車待ちの時でも訪ねてみたらどうであろう。
青函連絡船が廃止された年に生まれた子供は高校3年生になっている。いつまで語り継がれるであろうか。

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