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ある百貨店の「復活」から 

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長野県の上諏訪駅前に「まるみつ百貨店」があります。
以前は「丸光」といわれいた諏訪地方唯一のデパートでしたが、昨年倒産の危機に陥り、再建が危ぶまれていました。しかし、「駅前の灯を消すわけにはいかない」が合言葉となり、先月5日に再オープンにいたりました。
倒産危機に伴う会社更生法の申請から1年3カ月。当日は再生を果たしたかっての名門を一目見ようと、多くの買い物客が詰めかけました。
著者は「まるみつ百貨店」に特別な思いがあります。著者の祖父母は諏訪市出身、その関係で幼少の頃から頻繁に諏訪を訪れていました。田舎がなかった関係で、年に数回は諏訪を訪れていましたが、子供心にも印象的なのが「丸光」デパートです。
創業は40年前ですが、オープンした当初は地元に百貨店ができたということでお祭り騒ぎ、著者がうる覚えですが、まだその余韻が記憶に残っています。
5階の食堂やおもちゃ売り場へ行くのが楽しみでしたが、おもちゃ売り場の脇には日本で唯一のデパートの中の温泉、「丸光温泉」がありました。
諏訪は国内でも有数の湧出量がある温泉地ですが、百貨店の中に温泉が引かれているというのは古今問わず画期的といってよいでしょう。
「丸光」は地域のランドマークであり、一番店でしたが、1980年代に入ると翳りがみえてきました。それまで駅前を発着していた路線バスがモータリゼーション化により減便や廃止が続き、地元客や観光客の流れが変わってきました。
同時期に中央高速道路が完成し、インターチェンジの近くにバイパスが通り、次第にファミレスや大型店舗ができるようになりました。買い物客も郊外へ移動がはじまり、駅前中心街の衰退が目立ってきまた。
「丸光」は閑散化し、訪れる度に寂れ方が増して行きました。それと共に駅前商店街もシャッターを降ろしている店舗が増えて行った記憶があります。
2004年4月、「丸光が自己破産を検討している」という報道がなされました。これに対し丸光幹部はセイコーエプソンの創業者長男である山崎壮一氏に再建を依頼しました。
山崎氏は市の課題だった市街地あった東洋バルヴの跡地利用や中心市街地の活性化などに取り組んでいました。そんな山崎氏にとって丸光倒産は座視できない問題でした。
当時、丸光の売上げは年間、30億円程度、諏訪地方の商圏から考えるとかなり少ない売上げで、潜在的には、一つの百貨店で年間売り上げ100億円が見込めることが流通コンサルタントに調査を依頼するとわかりました。
また、周辺の茅野市や岡谷市の大型スーパーが相次いで閉店しており、これ以上「駅前の灯を消すわけにはいかない」と再建のスポンサーを引き受けることになりました。
山崎氏は決断により、丸光は自己破産を免れた04年6月29日、会社更生法を申請、山崎さんが再建に投じた私財は、約2億円といわれています。
丸光あらため「まるみつ百貨店」オープンには雨にも関わらず開店前から数百人の人が並びました。店内は大改装され、一時閉鎖されていた「丸光温泉」も「まるみつ温泉・なごみの湯」としてリラクスゼーション施設を兼ね備えた施設へうまれ変わりました。
今後、名門復活となるかまだ未知数ですが、土台が出来上がったことだけは間違いありません。
今回、丸光の話を取上げたのは、丸井今井の再建に伴う店舗の閉鎖発表があったことや、札幌中心街にあった丸善書店の苗穂のモールへの移転など当メルマガやHPで取上げている「中心街の空洞化」に対し、一石を投じることができればと思い書きました。
勿論、置かれている状況が諏訪と北海道各都市とでは違います。
丸光の例は、スポンサーがいたことや地域の丸光への愛着、債権者の理解など好条件が再建へ結びついたといえます。
しかし、地域の人々がいかに本気になって「中心街の空洞化」を意識することができるのか、地域一番店(なじみの店)が無くなることがどういう意味を成すのか、今一度、真剣に考えるべきであると思います。
鉄道利用が減り、駅前は閑散とし、百貨店はなくなり、書店も消え、幹線道路沿いには全国画一的な大型店舗が集まり、マイカーで用を済ます・・・こういった「ファースト風土化」の負の部分にもっと気づくべきでしょう。想像以上に駅前や中心街を失ったリスクは大きいはずです。
後で気づいても遅いのです。
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