文豪・森鴎外(おうがい)(一八六二〜一九二二年)ゆかりの東京・上野の老舗旅館「水月ホテル鴎外荘」(台東区)は三十一日、営業最終日を迎えた。(5/31東京新聞引用)
5月31日をもって上野の名旅館が看板を下ろした。5/29のブログ「相次ぐ地元を代表するホテルの廃業は地域文化の危機」では地場経営の都市型ホテルがコロナ禍によって経営環境がきびしくなっていることを書かせてもらったが、今回は旅館についてである。
「水月ホテル鴎外荘」は築134年の森鷗外の旧邸の建物の一部を使用していることで有名だが、今では当たり前となった都市部でのボーリングによる温泉を作った第一号旅館としても知られている。
かつて上野から本郷界隈は都内でも旅館が密集している地域で、個性的な宿も多かったが今では数えるのみ。わたしの父親の実家も上野の旅館街にあったが、今でもその隣で一軒だけ頑張っている旅館があり、とても懐かしいものがある。
今回のコロナ禍は後継者がいなかったり、建物の老朽化が進んでいる多くの老舗旅館の息の根を止めるのではないかと危惧している。旅館の多くは自前の土地や建物であるが、光熱、維持費などランニングコストはかかる。文化財として登録されている旅館も多いが、所有者の負担も大きく、登録抹消も増えている。
鷗外荘以外でも船橋市にある創業100年の太宰治馴染みの宿である旅館「玉川」が閉館することとなった。館内には鴎外荘と同様に天然の「湊温泉」があるが、建物は老朽化、昨年の台風被害などで修繕費もかさんで矢先でのコロナであった。
これまで何とか維持をしてきた旅館ホテルがコロナ禍で「あきらめ時」と判断し、このままでは閉店が増えてしまいそうだ。今は文化財級価値のある老舗旅館の危機の時である。古い木造建築の旅館は家族経営が殆ど。行政によるこの分野での予算拡充も必要ではないか。
老舗旅館でも廃業か規模が大きめのところは均一料金を謳っているような●●園グループのような全国チェーンに買い叩かれ、味気ない宿ばかりになってしまうのではないかと危惧している。